第178話 みんなありがとう

「……でも、俺は……そんなラフラを救いたいと思ってる。これ以上、彼女がへんな道に踏み込まないようにしたい。もしくは、彼女の未来を守りたい」


 意を決してリリアたちに思いをぶつける。


 それを聞いた彼女たちは、ほんの一瞬だけ考えるように顔色を変えた。


 真っ先に口を開いたのは、リリアだった。


「マリウス様の気持ちはよくわかりました。実にマリウス様らしい意見だと思います。……その上で、マリウス様にはなにか妙案が?」


「正直、ラフラを止められるのが一番だと思ってる。けど、本人がそれを認めてくれない以上は、俺にはどうしようもなかった」


「つまり、他に意見はないと?」


「いや……。直接ラフラを止めることができないなら、間接的に止める手立てはないかと思ってる」


「間接的?」


「ああ。ラフラの計画を潰す、とか」


 ラフラが自演をしてる、という仮定で話を進めた場合、ラフラの作戦自体を挫くのが彼女の救済へと繋がる。


 そもそもラフラにさえヘイトが向かわなきゃいいんだから。


 でも、それには大きな欠点がある。


「その計画とやらを、マリウス様は把握しているんですか?」


「……わからない。だから、どうしたものかと思ってみんなに協力を仰ぎにきたんだ。たとえ何かしらの方法があったとしても、俺ひとりじゃ彼女は止められない。守れない」


「なるほど……。そこまで理解しているのなら、私からとやかく言うことはありません。これまでと違って、自分で抱えようとしないのは素晴らしいですね。さすがは私の旦那様です」


「まだ婚約者だけどね」


 にこりと笑うリリアに押されて、俺は苦笑した。


 残りのヒロインも同時に笑う。


「私もマリウスの力になるわ。いつだってマリウスの味方だもの。あなたが誰かを救いたいと言うなら、私だってマリウスに手を貸したい。それが他の女のことっていうのは、少しだけ癪だけどね」


「お姉ちゃんは頑張るよー! なんでも手伝うよ~! その代わり、お姉ちゃんにご褒美としてマリウスくんとの一夜——」


「ダメに決まっているでしょう? シバキますよ、フローラさん」


 フローラは叫んだところでリリアに縛れていく。


 いつもの光景なのでスルーすると、ぴたり、とアナスタシアが俺の隣に張り付いた。


 見下ろすと、彼女は無言で俺を見上げた。その瞳の中に、全幅の信頼と信用が宿っている。


 言葉はないが、手伝ってくれるということだろう。


「ありがとう、アナスタシア」


「ん」


 短くアナスタシアにお礼を言って、俺は改めてどうするべきかをみんなと話し合う。


 五人もいれば、それなりにいい案は浮かぶだろう。




 ▼




 マリウスたちがラフラのための話し合いをしてる中、当の本人は自由に噂を流していた。


 ある時は女子生徒のそばで。


 ある時は媚を売った男子生徒に。


 ある時は下級貴族の教師のそばで泣き真似をしてみせた。


 すべてはリリアたちを陥れるために。


 最初こそ懐疑的な目で見られることが多かったラフラも、一日、また一日と経つごとに、周りからの視線の色が変わっていくのがわかった。


 ほんのわずかな推移だが、リリアたちと仲良くない貴族が、ラフラに魅了された男子生徒が、ラフラに対して同情の眼差しを向けることが増えた。


 校内では、マリウスのそばにいる女性が、嫉妬からラフラに酷いいじめをしている、という噂が流れた。


 少しずつ、世間がラフラの味方をする。悲劇のヒロインのように。


「くすくすくす。ああ……ようやく、ここまできました。マリウス様……。早く、あなたは気付くべきなのです。誰が、もっとも、あなたに相応しいかを」


 だれにも聞こえないような小声で呟く。表情はどこまでも暗く、どこまでも嬉しそうだった。


 自分の株が上がればあがるほど、比例してリリアたちの評価が下がる。


 誰もが王族相手に非難や罵倒などしないが、ひそひそとあることないことが誇張されていく。


 もしかしたら。


 ひょっとして。


 そんな憶測が、いつの間にか飛び交うようになっていた。


 ラフラは、自らの勝利を確信する。




 しかし。


 彼女の未来は決してよい方向には進まない。


 それが判明するのは、いまより数日後のことだった。

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