第176話 ただ救いたいだけだった

「……ダメ、だったか」


 廊下を歩きながらマリウスはぽつりと独り言を漏らす。


 それが意味するのは、先ほどの光景。ラフラ・バレンタインとのやり取りだ。


 マリウスは彼女を止めようとした。リリアたちが言うように、やはり全ては彼女による企みなのだと理解した。


 理解したときには遅かった。


 ラフラはもう、自分の意思で止まることができなくなっていた。引っ込みがつかないような状況だ。


 恐らく、このままラフラが暴走を続ければ、彼女自身によくない結末が待っている。


 それをラフラの自業自得だと割り切れるほど、俺は平等な人間じゃない。


 知り合いが落ちていく姿など、到底容認できるものではなかった。


 かと言って、本人に止まる気がないのなら、俺がいくら言葉をかけようと無意味。


 実際、少し前のやり取りでは見事に拒否されてしまった。その際に提示された内容を、俺が素直に呑むことができなかったからだ。


『簡単です! マリウス様とラフラが結ばれればいいんです! 婚約者だと、好きだと公言してもらえればすべての問題は解決します! まずラフラへの嫌がらせは、マリウス様たちの名が抑止力になってくれるでしょうし、同時に、マリウス様の意中の相手になれば、婚約者であるリリア殿下たちとの仲も良好だと周りに示せる! こんないい方法は他にありません! そうでしょう? マリウス様』


 ラフラとの記憶が蘇る。


 彼女の表情は本気だった。本気で、俺と付き合いたいと、結婚したいという表情だった。


 しかし、俺はそれを拒んだ。縋りつくラフラの手を自らの意思で拒否した。


 そんな俺が、それでも彼女を助けたいと思うのはエゴだろうか?


 わからない。


 わからない。


 わからない。


 自分がなにをしたいのかすら、段々わからなくなってきた。


 答えのない海の中を彷徨う。


「俺は……」


 本当はラフラの見捨てるべきなんじゃないか?


 彼女は自業自得。勝手に自爆しただけに過ぎない。なに、そこまで大事にはならないよ。だって、被害者は彼女だけなのだから。


 リリアたち王族に万が一のことがあるとは思えない。


 見捨てろ。


 見放せ。


 見なかったフリをしよう。


 所詮は赤の他人。尽力するほどの関係でもない。優しくしたら付け上がるぞ。こういう時こそ厳しくするんだ。


 間違いない。


 間違いない。


 間違いない。


 脳裏で、同じ言葉がぐるぐると巡る。内なるもうひとりの自分が、さっさと考えるのをやめろと説いてくる。


 わかっている。


 わかっていた。


 わかっている。


 それが正しいことだと。


 それが無難な解決方法だと。


 それが一番の幸せだと。


 でも、俺はやっぱり……。かつて共に笑った彼女を、簡単には見捨てられなかった。


 孤立し、いまも不況を買うであろう行為を繰り返した先に、ラフラにはなにも残らない。


 下手すると不敬罪。下手しなくてもバレンタイン伯爵家の名前は落ちる。


 そうなったら彼女はどうなる? 俺は見捨てられるのかな? 見捨てるべきだと本気で思ってるのか?


「……はは」


 考えるまでもないな。最初から、答えは決まってる。


 俺みたいな人間は、絶対に彼女を放っておけない。救わずにはいられない。手を伸ばさずにはいられない。


 そういう人間だ。


「ただ救いたい。それが、俺の原点だったのかもしれないな」


 呟き、自然と口角が上がる。


 もう迷うのはやめた。無駄に考えるのはやめた。


 俺はやりたいようにすればいい。俺は誰にでも手を差し伸べればいい。


 優しくて、頼りなくて、優柔不断で……ぷらぷらしてるのが、俺だろう?


 それこそが、この世界のマリウス・グレイロードだ!




「決めた。リリアたちに相談しよう。みんなで、解決方法を探すんだ」


 なにか、答えはあるかもしれない。ラフラを止める方法が、もしくは彼女の痛みを最小限にする方法が。


 俺ひとりでは見つけられなくても、俺には頼りになるヒロインたちがいる。救い、救われる彼女たちが一緒なら……。


 俺は主人公じゃないけれど、今だけは……力を借りたい。


 逸る気持ちを抑えながら、急いで俺はリリアたちのもとへ向かう。


 これが俺の選択肢である。

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