第173話 使える駒
マリウスたちの下から立ち去ったラフラ。
ひとりで静かな廊下を歩きながら、ぽつりと漏らす。
「ああ……。マリウス様は、リリア王女殿下たちに洗脳されているのですね。そうに違いありません。昔からリリア王女殿下に虐げられているのは知っていました。おかしな話です」
ぎゅぅっと拳を握りしめて続ける。
「マリウス様を虐げていい者はいません。たとえ王族であろうとも。マリウス様に虐げられることこそが幸せ。なぜ、それを誰も受け入れようとはしないのでしょう? マリウス様が望むなら、眼球だろうと舌だろうと指だろうと差し出すのが本当の愛。殴られても喜び、尻尾を振り、感謝を告げるのが想い! だというのに……それを誰も理解していない。マリウス様を愛するということは、マリウス様のすべてを受け入れるということ。ラフラならそれができる。ラフラなら完璧に愛し、愛される自信がある……のに」
マリウスは、ラフラを選んではくれなかった。マリウスの理想にもっとも近いはずなのに、それでもマリウスは振り向いてくれない。本当は嫌いであろう相手に媚を売って生きている。
その理由に心当たりくらいはある。
相手は王族や同格の貴族令嬢などがいる。断りにくいのだろう。マリウスもまた貴族なら、そういう繋がりは何よりも大事にするべきだ。
しかし。
「ああ、認められない認められない。身分だけの女がマリウス様を独占しようとするのが、酷く腹立たしい!」
理性と本能はべつ。理性ではわかっているが、本能はそれを拒む。
自分こそが正妻に相応しいという自負が、リリアたちを到底認められなかった。
もちろん、仮にラフラがマリウスに選ばれた場合、自分の地位がどこにあるのかくらいはわかってる。
伯爵令嬢である自分が、王女や公爵令嬢を差し置いて正妻になれるわけがない。
これは、もはやルールだ。破ることなどできないし、破れば不敬にあたる。
ゆえに、ラフラがもっとも幸せになれる形は、とにかく、リリアとセシリアが消えること。
フローラは同格の令嬢ゆえに無視してもいい。フォルネイヤとて、そもそも婚約者候補ですらない。
多少遠回りはしたが、やはりその二人を排除するほうが効率がいいことをラフラは知っていた。
「けれど……いくらなんでも相手は王族と公爵令嬢。そう簡単にふるい落とせるなら、もっと昔からマリウス様のそばにラフラがいられた……。このままの作戦で本当にいいんでしょうか?」
やりかた自体はそこまで間違っていないと思う。問題は、ひたすらに噂の効力が地味だということ。
もう少し、大きな噂を広めることができれば……。というより、味方が増えれば……。
そこまで考えて、ふいに、ラフラの耳がそれを捉える。
「あ、おいアレ……。噂の令嬢じゃないか?」
「虐められてるっていう? 可哀想じゃん」
「でも本当かどうか。相手は公爵令嬢とかもいるんだぜ?」
男子生徒の声だった。
ひそひそと声を抑えているようだが、周りの騒音が少ないとそれはよく聞こえた。
途端に、ラフラの口元がにやりと三日月のように曲がる。これは中々に使えるのでは? と思った。
軽い足取りでその男子生徒たちのもとへ近付く。
「すみません。いま、ラフラのことを話してましたよね?」
「え? あ、すみません……」
「いえいえ。責めているわけではりませんよ? ただ、あなた方は噂の件をどう思っているのか知りたくて」
「う、噂のこと? まあ……実際に見たわけじゃないから、そこまで信じてはいないけど……その、事実だったら可哀想だな、とは……」
「お、俺も……」
恐らく下級貴族の子息である彼らが、おどおどとしながら視線を彷徨わせる。
ラフラは、自分の美貌をよくわかっていた。自分でも褒められるくらいには自分が可愛いことを。
そして、なにより。
彼らの視線が下がる。ラフラの胸元をチラチラと見ていた。
——そう。ラフラは体型も非常によかった。
いつも男性からいやらしい視線を受けていた。だからこそ、「やっぱりコレは使える」と内心でほくそ笑む。
にっこりと人当たりのいい笑みを作って言った。
「そうですか。実は、ラフラは……」
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