第172話 私を見て

「ラフラさん……」


 目の前に現れたラフラ・バレンタイン。誰もが彼女へ鋭い視線を向ける。


 中でもリリアの敵視はすさまじい。じろりとラフラを睨んでから彼女の名前を呼んだ。


 しかし、当の本人はケロっとした表情でくすりと笑う。


「あらあら。皆さんこんにちは。ずいぶんと楽しそうにお話されていますねぇ」


「ぜんぜん楽しくはありません。あなたに関しての話ですから」


 リリアから厳しい言葉が発せられる。そこには、明確な拒絶の意思があった。


「冷たい言い方ですね……。ラフラが皆さんになにかしましたか? ラフラの記憶が間違っていなければ、むしろ被害に遭っているのはラフラのほう。しくしく……。哀しゅうございます」


 制服の袖で目元を覆う。見るからにウソ泣きだとわかった。


「ふざけた演技はいらないわ。誰も、あなたのことなんて信じていないもの」


「ああ、セシリア様まで……。ラフラを階段から突き飛ばしただけでは飽きたらず、口汚く罵るなんて……!」


「罵ってないけどね」


「というか、お姉ちゃんは不服だなあ。ただ教科書を拾っただけなのに、破った張本人にされるなんて」


「フローラ様がやったのでは? 心当たりくらいあるでしょう?」


「ないよ! お姉ちゃんはそんな汚い真似はしません! ね、マリウスくん」


「……そうだな。俺は、いや、俺たちは……友人のことを疑ったりしない。フォルネイヤ会長の件も、セシリアの件も、フローラの件も間違いだと思ってる」


 ハッキリと告げた。変に濁して伝えると、ラフラがまたなにか言ってきそうだと思ったからだ。


「……なるほど。マリウス様も彼女たちのことを信じるのですね? ラフラはこんなにも苦しい思いをしているというのに……」


「それにしては、妙に元気に見えるけど?」


「マリウス様の前では、なるべく平然を装っているまで。本当は、深く深く傷付いています」


「なら、ラフラに手を出す生徒を見つけるのを手伝ってくれ。当人なんだ、なにかしらの情報くらい持ってるだろ?」


 ジッと、真っ直ぐにラフラを見つめる。


 ウソ泣きをやめたラフラと視線が重なった。深淵のような瞳の中には、欠片ほどの感情も見えない。すべてを覆い隠し、怪しく光っている。


「……さあ? ラフラも詳しくはありません。教科書の件などは特に、ラフラの見ていない所で行われたこと。それに、ラフラは何度も言ってますよ? そこに並んでいる女子生徒の中に、犯人がいるのでは? と。くすくす。もしかすると、何人か共犯がいるのかも」


「あくまでラフラの意見は変わらないのか……」


 そうか。そういうことなら、俺の意見もまた変わらない。


「残念だよ。ラフラとは分かり合えそうにない。いまの俺にとって、もっとも大事な人たちを疑っているんだからな」


「マリウス様……」


「マリウス……」


「マリウスくん!」


 リリアとセシリアが、どこか嬉しそうに呟く。


 フローラだけは、空気を読まずにひしっ、と抱きついてきた。即行でリリアに引き剥がされる。


「マリウス様にとって、もっとも大切な存在、ですか」


 片やラフラは、平然を装いつつも鬼みたいな眼光でリリアたちを睨む。


 ようやく見えた感情は、嫉妬の塊だった。


「マリウス様は、ラフラと結ばれる運命なのに……。それはもう最初から決まってること。神様が定めたルール。世界の法則。繋がった赤い糸。断ち切ることなど許されない。断ち切ることなんて許さない。断ち切らせない……。なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで? なんでマリウス様はラフラを見てくれないの? マリウス様のためならなんでもするのに。マリウス様のためならこの身をいくらでも傷つけていい。殴ってほしい。縛ってほしい。甘やかしてほしい。癒してほしい。すべてを支配してほしい……。頼んでほしい。殺したい。殴りたい。マリウス様が望むままに誰でもグチャグチャにできる。だってラフラはマリウス様のもの。傷付けられるのも命令されるのも当然でしょ? なのにマリウス様はなんで見てくれないの!? 見てよ! ラフラはマリウス様と一緒にいたいのに! ただマリウス様に好かれたいだけなのに……!」


「ら、ラフラ……?」


 唐突に、ラフラがぶつぶつと長い独り言をはじめた。


 早口で喋るものだから、いくら周りが静かでもほとんど聞き取ることができなかった。


 うろたえながらも声をかける。


 すると、ラフラはすっきりしたのか顔を上げる。そこに憂いの色はなかった。


 再び怪しげな笑みを携えた彼女は、一言、「失礼しました」と言ってから踵を返す。


「どうやら話し合う余地はないようですね。少しくらいはラフラの肩を持ってくれるかと期待していましたが……仕方ありません。また、次の機会に期待します」


「次の機会?」


「ふふ。さようなら」


 俺の疑問に、しかしラフラはなにも答えずその場から立ち去っていった。


 残された俺たちは、みんなが胸中に不気味な気持ちを浮かべていた。

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