第170話 公開処刑
「セシリアが……ラフラを階段から突き飛ばした?」
早朝。
メイドのティルとともに教室へ入った俺は、そこでアナスタシアから衝撃的な情報を聞く。
「らしい。また何人もの生徒が、階段から落ちてくるラフラ様を見たって。本人は怪我で学校を休んでる」
「——いやいやいや! ありえないだろ!? セシリアがなんでラフラを階段から突き飛ばさないといけないんだ!?」
「僕もありえないとは思う。でも、今回は目撃者が多いうえ、被害に遭ったラフラ様は休んでる。大怪我ではないらしいけど……」
「嘘だろ……」
セシリアは心の優しい女性だ。正義感が強く、暴力を振るうことを嫌う。
精神が著しく上下することはあっても、俺に対して一度も暴力を振るったことはない。
……ない、と思う。
少なくとも、俺に振るってたとしても、他人を階段から突き飛ばすような人物ではない。それだけは自信を持って言える。
「取り合えず、本人から話を聞いたほうがよろしいかと」
困惑する俺に、ティルがそう言った。
「……そうだな。ここでいくら話してもしょうがない。セシリアが来たら……」
「——セシリアがどうかしたんですか?」
「リリア!」
噂をすればなんとやら。
背後からリリアの声が聞こえ、振り返る。当然、そこには共に登校してきたセシリアの姿もあった。
「おはようございます、マリウス様。何やらセシリアを呼ぶ声が聞こえましたけど……」
「実は……」
「私から話すわ、マリウス」
リリアに説明しようとしたところで、セシリアに口を挟まれた。
俺はちらりと彼女を一瞥してから口を閉じる。
「? なんの話ですか、セシリア。今日、話があると言ってたことと関係が?」
「ええ。実は昨日……ラフラ・バレンタインが階段から落ちたの」
「ラフラさんが……?」
ラフラの話が出てきて、リリアの顔つきが変わる。これは何か遭ったのだと瞬時に悟った。
「私もびっくりしたわ。急にすれ違ったと思ったら、階段から落ちたんだもの。急いで安否を確認したら、無事ではあったんだけど……私に押されたって、彼女が」
「——はぁ!? なぜセシリアがラフラさんを……」
「ごめんなさい。あれだけリリアに注意されたのに。無言で通り過ぎれば平気かと思ったの。一応、距離もあったし。けど、迂闊に覗いてしまったばかりに……」
「セシリアのせいではありません! 私が直接ラフラさんに……!」
「待った、リリア。落ち着け。気持ちはわかるけど」
踵を返してラフラのもとへ行こうとするリリア。
そんなリリアの肩を掴んで止める。
「マリウス様!」
「俺だってセシリアのせいにされて不満はある。セシリアは絶対にそんなことしない奴だと信じてる。けど、ここで王族のおまえが出ていったら問題が大きくなるだろ? セシリアは悪くないんだし、余計な波風は立てないほうがいい。変な詮索とかされてもいやだろ? 王族に脅されたとか、友人だからって罪をもみ消した、とか。邪推するやつはどこにだっている」
それは異世界も現代も変わらない。
俺の言葉に、しぶしぶリリアは憤る気持ちを抑える。しゅん、と俯く彼女を抱きしめてあげた。
「んっ……! ま、マリウス様?」
「我慢できたリリアは偉いよ。俺も、すごくムカついてるし」
「だ、だからってどうして私を……」
「こうやってリリアを抱きしめてると、俺もリリアも落ち着くだろ?」
「……そう、ですね。ありがとうございます」
リリアからも抱きしめられる。
が。
「——ごほんごほん! ねぇ、ちょっといいかしら二人とも? 一応、被害に遭ったのは私よ? 普通、私が抱きしめられるべきじゃないの?」
「あ……悪い、セシリア。ほら、セシリアも」
本人にそう言われると弱い。リリアから手を離し、今度はセシリアを抱きしめる。
すると、それを見ていたアナスタシアと、たまたま登校してきたティアラまでハグを要求してきた。
クラスメイトに見られながらも、全員分のハグをする。
あれ? 気付いたら俺の公開処刑みたいになってる件。だが、ヒロインたちは全員笑顔だ。
おかしいな……。まあ、嫌な空気は消えたからよしとしよう。
しかし……。
ラフラの件に関しては、本当に注意する必要があるようだ。ラフラがわざとやってるとは思いたくない。
それでも、こんなことが続くなら、俺からも言う必要があった。これ以上、大切な人たちを巻き込むな、と。
楽しそうに抱擁の感想を言い合うヒロインたちを眺めながら、俺はそう内心で覚悟を決めるのだった。
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