第169話 波乱

 放課後。


 俺はリリアとティル、そしてティアラを連れて生徒会室に向かった。


 目的は、例の噂の真偽をたしかめるためだ。


 長い廊下を渡り、隣の棟に入る。


 二階にある生徒会室の前に立つと、代表として俺が扉をノックした。


 室内から声が届く。


「どうぞ」


 女性の声だ。


 それがフォルネイヤのものだと誰もがわかる。


 現在、生徒会は彼女以外だれも所属していないし。


「失礼します」


 ドアを開けて中に入る。


 縦長のテーブルの奥には、書類仕事をしていたフォルネイヤが座っていた。


 全員とフォルネイヤ会長の視線が交差する。


 三秒ほどの沈黙のあと、彼女は先に口を開いた。


「ようこそ、生徒会室に。生徒会に入りたいの? ……とは言わないわ。みんなが入ってくれるなら歓迎するけど、今日は別の話でしょ?」


「……ええ。やはりご存知でしたか、フォルネイヤ会長」


「まあね。一応、私が加害者だと言われているから。おかげで教室でも周りからの視線が痛いのなんの……。迷惑な話ね」


 そう言って彼女は席を立つ。


 隣の『給湯室』へ向かうと、「お茶を用意するから先に座っててくれ」と俺たちに言った。


 お言葉に甘えて席に座る。


 しばらく待つと、トレイにティーカップを乗せたフォルネイヤ会長が戻ってくる。


 それぞれの前にティーカップを置くと、茶菓子を出して自分も座った。


 そして、早速、本題に入る。


「さて……。マリウス公子やリリア王女殿下、それにティアラがわざわざここに来たのは、ラフラ・バレンタインとの件についてね」


「はい。すでにラフラからは話を聞いてます。ただ、俺たちはあなたを信用している。ティアラも、会長がそんな乱暴な真似をするわけがない、と言ってましたよ」


「ま、マリウス様? ここでそれをバラされるとちょっと恥ずかしいんですが……」


「でしょうね。ティアラはいい子だから、きっと私の心配をしてると思った。ふふ……ありがとう、みんな」


 フォルネイヤ会長はくすりと笑うと、ティーカップを傾けて紅茶を一口。


 喉を潤わせてから続けた。


「単刀直入に言うと、噂はまったくのでたらめじゃない。一部事実がはいってる」


「というと?」


「ラフラ・バレンタインが転んだのは事実よ。けど、私が彼女を転ばせたわけじゃない。すれ違った瞬間に勝手に彼女が転んだだけ。私はなにもしていない」


「だと思ったよ! フォルなら絶対、そんなまどろっこしい事しないもんね!」


「それに関しては詳しく説明してほしいわね……。まあ、ありがとうと言っておくわ」


 ややジト目になったフォルネイヤ会長がティアラを睨む。


「よかった……やっぱりフォルネイヤ会長の仕業ではなかったか」


「これでますますラフラさんが怪しくなりましたね」


 淡々とリリアが告げる。


 まだフォルネイヤ自身の容疑が晴れたわけではないが、関係性的にラフラのほうが疑われるのはしょうがない。


「そう言えば……彼女はやたら私を目の仇にしていたわね」


「目の仇?」


「ええ。すごい目で睨まれたわ。実際に恨み言を言われたわけじゃないけど、あの目を見れば誰だってわかる。負の感情を抱いてるって」


「? なぜラフラさんがフォルネイヤ会長に恨みを?」


 リリアも俺と同様の疑問を浮かべる。


 二人にはとくに接点などないのに。


「マリウス公子がなんとかって言ってたけど、まあ、今回の件で私も彼女に関してはいい印象がないわ。どう思われようと、私は私らしく対処するつもりよ。どうせ噂もすぐに消えるだろうし」


「……それもそうですね。気になる部分はありますが、無駄に引っ掻き回すわけにはいきません。フォルネイヤ会長から話を聞けたということで、今回はよしとしましょう」


「私はラフラ様に問いただしたいけど……」


「やめたほうがいいわ、ティアラ。相手は伯爵令嬢。平民のティアラじゃなにをされるかわからない。今度は私に心配をかけるつもり?」


「うっ……わかってるよ! フォルには心配かけないもん」


 ほどほどに空気が弛緩したところで、ラフラの話題は打ち切られた。


 リリアが言ったように、噂なんて無視していれば勝手に消える。


 フォルネイヤ会長のものならなおさら。


 最終的に、やっぱりラフラには気をつけよう、という結論を出して話し合いは終わった。


 紅茶を飲み干し、俺たちはその場をあとにする。




 だが。俺たちはまだ甘く見えていた。


 ラフラに関する話は、これで終わるとばかりに思っていた。




 その意識が覆されたのは、二日後。


 セシリアがラフラを階段から突き飛ばした、という新たな噂が流れた。

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