第166話 深まる謎

「フォルネイヤ会長の話?」


 アナスタシアの言葉に、俺は疑問を浮かべる。


 リリアとセシリアもだった。


 口を揃えてなにがあったのかアナスタシアに尋ねる。


 彼女はちらりとクラス内を見渡すと、声を潜めて言った。


「僕も今朝聞いたばかりで信憑性はないんだけど……。どうやらフォルネイヤ様が女子生徒を虐めているって噂が流れてる」


「はあ? 会長が同性の生徒を?」


「うん。それもびっくりの相手をね」


「誰なんですか、その相手は」


 リリアが答えを求める。


「三人のよく知る人物」


「俺たちの?」


「そう。名前は……ラフラ・バレンタイン」


「なっ——!?」


 俺は絶句する。


 リリアとセシリアも口をあけて驚いていた。


 なぜ、ラフラがフォルネイヤ会長に虐められるんだ?


 あの二人に接点はない。


 十代前半でラフラはパーティーに出なくなったし、フォルネイヤ会長も昔から交友関係を広げなかった。呪いの影響で。


 それに、一度も彼女の口からラフラの名前が出てきたことはない。


 逆もまた然り。


 わざわざあの会長が喧嘩を売るような真似をするとは思えなかった。


「おかしいですね……。フォルネイヤ会長にラフラさんを害する理由がありません。相手はほとんど接点のない格下の令嬢ですから」


「俺もそう思う。なにかの勘違いじゃないか?」


「それが……。実際に現場を見たっていう生徒が何人もいる。フォルネイヤ会長のそばで倒れるラフラ様の姿を見たって人が」


「嘘だろ……。ただの誤解に決まってる」


「僕もそう思う。けど、実際に噂は流れてる。聞いたところによると、ラフラ様はフォルネイヤ様に足を引っ掛けられたって」


「あの人は真面目な人よ。わざわざ虐めなんてするくらいなら堂々といくはず。私も信じられないわね」


 セシリアがそう言った。


 フォルネイヤ会長は真面目で清廉な人間である。セシリアも正しさをモットーに生きる人間なので、二人は相性がいい。たまに仲良く話してるのを見るくらいだ。


 それゆえにセシリアも認められなかった。


 俺も同じ気持ちだ。付き合いは短いが、それでも彼女がラフラになにかするとは思えない。


 その場の全員が「うーん……」と首を捻る。


 そのとき。


 タイミングよく登校してきたティアラと遭遇した。


 彼女は、入り口で固まる俺たちを見て首を傾げた。


「あれ? 皆さんどうしたんでしたんですか? こんな所で固まって」


「ティアラ……その、君はフォルネイヤ会長の噂を聞いてる?」


 まず俺が尋ねた。


 ティアラはさらに疑問の色を深める。


「フォルの噂、ですか? いえ、なにも知りません。なにかあったんですか?」


「いや……なにかあったというか……」


「?」


 俺は言いよどむ。


 ティアラはこの中の誰よりもフォルネイヤ会長と仲がいい。


 呪いで苦しむ彼女をずっとそばで支え続けた存在だ。


 フォルネイヤ・スノーが侯爵家の人間であり、ティアラが平民だろうと関係ない。


 二人のあいだには、たしかな絆があった。


 恐らくフォルネイヤがもっとも信頼してる人物でもある。


 そんな彼女に、親友が虐めを行っていた、なんて噂を聞かせるのは戸惑う。


 しかし、いつまでも隠しとおせるものでもない。


 ちらりとリリアやセシリアを見て、俺は覚悟を決めた。


 リリアたちもこくりと頷いて神妙な面持ちを浮かべる。


 やや張り詰めた空気に、ティアラまで緊張していた。


 俺は意を決して口を開く。


「実は……フォルネイヤ会長が後輩の女子に嫌がらせをしている、という噂が流れてるらしい」


「……え? ふぉ、フォルが? 虐め? あ、ありえません! フォルは相手を虐めて楽しむような人じゃ……!」


「ああ、わかってる。短い付き合いだけどそんな人間じゃないことはわかってる。けど、現に噂は流れているんだ。アナスタシアが教えてくれた」


「ん。たぶん、今ごろ他にも知ってる人が噂を広めてるはず。ティアラの耳に届くのも時間の問題」


 アナスタシアがとどめを刺す。


 ティアラの顔色が変わった。少しだけ青くなる。


「そんな……。どうしてフォルが……」


「それが、その虐められてるっていう相手がラフラなんだ」


「……ラフラ? もしかして、前に聞いたマリウス様の元・婚約者候補の?」


「そう。伯爵令嬢のラフラが関わってるらしい。二人にはなんの接点もないはずなのに」


 そこまで言って再び沈黙する空気。


 ティアラはしきりに「意味がわからない」と呟いていた。


 誰もが同じ気持ちだろう。


 そんな静寂を、唐突に顔をあげたリリアが引き裂く。


 真面目な表情で、彼女はとんでもないことを口にした。




「もしかすると……ラフラさんが何かしたのかもしれませんね」

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