第165話 やっぱり雑魚

 今日も今日とていい天気だ。


 見上げた先には、世界を照らす太陽が浮かんでいた。


 清々しいほど青い空を視界に収めて、俺は後ろに並んだティルに声をかける。


「こんな日は学校をサボりたくなるな」


「急にどうしたんですか。思春期ですか。公爵子息が授業を抜け出したら一大事ですよ」


「そこまでじゃないだろ。貴族だからこそたまには息抜きしたいもんだよ」


「マリウス様は十分に息抜きなされてるのでは? 昨日だってなにもしてませんよね?」


「瞑想かな」


「寝てたら瞑想にならないのでは?」


「そうともいう」


「そうとしか言いませんね」


 ああ言えばこういうメイドだ。


 仕方ないので授業をサボるのは諦めて校舎へと入る。階段を上がると、その先でリリアと出会った。


「ん、やあリリア。奇遇だな。おはよう」


「おはようございます、マリウス様。本日も凛々しく素敵なお顔です」


「朝からリリアは嬉しいことを言ってくれるね。そういうリリアも世界一かわいいよ」


「ふふ。本当ですか?」


「本当だとも」


 最近はこういう歯の浮くような台詞も平然と言えるようになった。


 リリア先生による調教の賜物かな?


「でしたら、セシリアにはどうか可愛い以外の言葉をよろしくお願いします」


「……え?」


 なんでそこでセシリア? と思った瞬間、リリアの後ろからセシリアがひょっこりと顔を出す。


 しまった。彼女もいたのか。ちょうど俺からは見えない位置だったため気付かなかった。


 地味にやべぇ状況になる。


 リリアはニコニコ笑顔だが、きっとセシリアに「可愛い」と言えばキレるに違いない。


 彼女の笑みは、基本的に笑ってるか怒ってるかの二択だ。


 ……え? 笑ってるんだから笑ってるに決まってるだろ?


 まったく。これだから素人は困る。


 笑みには二つの意味が含まれることもあるんだよ、諸君。


 ちなみに怒る理由のほぼ全てが俺のせい。完全に自業自得だった。


 期待の眼差しで俺を見つめるセシリアを前に、逃げるという選択肢はない。


 どうにか頭を回して台詞を考えた。


 そして、閃く。


「せ、セシリアは……」


「セシリアは?」


「私は……?」


「——すごく美人だね! 絶対に美しく成長するよ! 俺が保障する」


 グッと親指を立ててそう言った。


 直後。


 リリアの右手が俺の襟首を掴んだ。


 ギリギリと体が上に引っ張られる。く、くるちい……っ。


 少しずつ気道がしめられていくのがわかった。


 り、リリアのやつ……。しばらく見ないあいだに魔法の練度が上がってやがる!


 恐らく身体強化の魔法を使っていた。でなきゃ彼女の華奢な腕力で俺を持ち上げることはできない。


 そう考えている間にも足が浮かぶ。完全に持ち上げられている。首をしめながら。


「おかしいですねぇ……マリウス様。さっきの私への言葉とほとんど変わりませんよ? 適当言いました? 酷いです。王女の心が傷付けられました。罰が必要だと思います」


「す、すでに罰を受けてる件……」


「ただのお仕置きです。罰ではありません」


 それを罰って言うんだと思います。


 パッと手を離したリリア。


 重力に従って俺の足が床につく。


 ふう……なんとか助かった。


 首を撫でながら「けほけほ」と喉を鳴らす。


 その様子を見ながら彼女は言った。


「セシリアも適当なことを言われて傷付いてますよね? 罰が必要ですよね?」


「もう何かしら罰が与えたいだけになってない? なにをしてほしいの?」


「それは……って、セシリア……」


 同意を求めてリリアが後ろを振り向く。


 その途端、彼女の呆れた声が漏れた。気になった俺も視線を追う。


 すると、リリアの後ろで顔を真っ赤にしてるセシリアが見えた。


 両手を頬を添え、くねくね体を動かしながら彼女は叫んだ。


「ま、マリウスに褒められたわ……! び、美人だって! きゃ~……!」


 俺もリリアも同時に呟く。


「やっぱり雑魚ですね」


「やっぱり雑魚だな」




 ▼




 興奮したセシリアを引っ張ってクラスに向かう。


 後ろで今なおセシリアがうるさいが、無理やり扉をあけて教室に入った。


 すると、奥の席に座っていたアナスタシアと目が合い、なぜか彼女はこちらにやってくる。


 普段どおりの無表情に、わずかな不安の色が見えた。


 首を傾げる俺に向かって、アナスタシアは口を開く。




「マリウス様、聞いた? フォルネイヤ会長の噂」

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