第164話 気に食わない女

 フォルネイヤの背後でラフラの悲鳴が聞こえた。


 足を止めて振り返る。


 フォルネイヤの足元では、ラフラが倒れているのが見えた。


「……え?」


 フォルネイヤは困惑する。


 無理もない。ただすれ違っただけの相手が、いきなり倒れたのだから。


 それが転んだものだというのはすぐにわかった。


 やや疑問を浮かべつつも手を差し出す。


「大丈夫?」


 しかし。


「——ひ、酷いです! フォルネイヤ先輩! ラフラが気に喰わないからって、足を引っ掛けるなんて……」


「……は? 私はなにも……」


「身分が上だからってなにしてもいいんですか!? ラフラはただ近くを通りがかっただけなのに!」


 悲劇のヒロインのような、真に迫った演技を見せるラフラ。


 よよよ、と涙を流して騒ぐ。


 すると、廊下の角から何人もの生徒が顔を出した。その視線がフォルネイヤと倒れるラフラに向けられる。


 その瞬間、フォルネイヤは言い知れぬ不安を抱いた。


 なにが起きているのかと思考が止まる。


 遅れて、フォルネイヤは気付いた。


 この女にハメられているのだと。


「あ、あなた……。一体、なにが目的なの?」


「目的? ラフラはただ、この廊下を歩いていただけです。なにも悪くないのに転ばされて、身も心も傷付きました!」


「だから私はなにもやってないって言ってるでしょ! そもそもどうして私があなたに……」


「どうして?」


 わずかにラフラの声のトーンが下がる。


 顔を覆った両手の隙間から、鋭い眼光がフォルネイヤに刺さった。


「あなたが……フォルネイヤ様が悪いんです。単なる部外者の分際で、平然とマリウス様に近付くから……。たかが平民しか友達のいない女が……」


 ぶつぶつ小さな声でラフラは呟く。


 フォルネイヤは確信した。目の前の女が、わざと自分を陥れるために転んだのだと。


 大袈裟な叫び声も、周りの生徒を呼ぶためのものだったとわかる。


 しかもその理由がマリウスに関して。


 意味不明すぎて理解するのに時間がかかった。


「ッ。あなたの話くらいはリリア王女殿下から聞いてるわ。まさかここまで頭のおかしい人だとは思わなかったけどね……!」


「ああ……酷いですフォルネイヤ様。ラフラに怪我を負わせるだけじゃなく、悪口まで言うなんて……。哀しくて哀しくて、学校に来るのが嫌になります」


「このっ……!」


 ほぼ一方的に言いたい放題のラフラ。


 あまりの自分勝手さにフォルネイヤの堪忍袋も切れかかる。


 だが、ここで本当に手を出せば彼女の思うツボ。


 グッと怒りを堪えて踵を返すと、集まってきた生徒たちのあいだを通り抜けていった。


 その様子を見て、たしかにラフラは笑みを浮かべる。


「まずは……ひとつ」


 そう呟くと、涙を拭って立ち上がる。


 ジッとこちらを眺める生徒を無視してその場を立ち去った。


 ある程度離れると、彼女は独り言をはじめる。


「さて……。あれでどれだけフォルネイヤ様を追い詰められるか……。正直、まだまだ棘として小さいし、フォルネイヤ様自体はどうなろうが興味ありませんね」


 本当の目的は、フォルネイヤのさらに先にいる人物だ。


 具体的には、三人ばかり気に食わない、どうしても許せない者がいる。


 一人はリリア。


 これはもうあらゆる面が気に喰わない。その権力も顔も性格もマリウスとの関係も存在すべてがラフラを刺激する。


 二人目はセシリア。


 王女の幼馴染。ただそれだけの分際でマリウスに近付く女。ある意味、リリア以上に気に喰わない。


 そして最後のひとり。


 何よりも気に食わないのは、身分も低い平民の少女——ティアラだった。


 自分は選ばれなかったのに、さも当然のようにマリウスのそばにいる虫。


 あのおんなだけは徹底的に潰すと決めていた。


「ああ……本当に、なにもかもが気に入らない。潰す。潰す潰す潰す潰す! ぜんぶ潰して、必ずラフラこそが、マリウス様の隣に……」


 ラフラは夢を見る。


 自分がどんどん、そこから離れているとも知らずに。


 頭の中では、次の作戦を巡らせていた。

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