第162話 黒と白
「…………」
「…………」
剣呑な眼差しで睨み合うふたり。
あまりにも重苦しい空気が漂うので、俺が「ごほん」と咳払いをして霧散させる。
「取り合えず、ラフラはゆっくり静養したほうがいい。そんなに虐めが苦しいのなら、バレンタイン伯爵には俺のほうから声をかけておこう」
「い、いえ! それには及びません。ラフラの口から伝えておきます。お心遣いありがとうございます」
そう言うと、ラフラは苦笑しつつもその場から立ち去っていく。
帰りは行きより幾分かマシな足取りだった。
苦しそうにはしていたが、少しくらいは体力があるらしい。
保健室までは送っていこうかと思ったが、その必要もなかったな。
「怪しい……」
「ん? なにか言ったか、ティル」
「先ほどの態度は怪しいです。まるでマリウス様にはバレンタイン伯爵へ声をかけてほしくないような……」
「うーん……どうだろうね。彼女は父親想いの子だから、あまり心配をかけたくないのかもよ? ティルはラフラを疑ってるみたいだけど」
「逆にマリウス様はどうしてラフラ様を疑わないのですか?」
おっと。
これは痛いところを突かれたね。
「別に疑ってないわけじゃないよ。ただ……彼女を信じていたいのさ」
「信じる?」
「俺はラフラがいい子なのを知ってる。みんなラフラを誤解してるだけかもしれない。そりゃあ一時はかなり過激だったけど、ラフラはきっと反省のできる人間だ。そうだと信じたい」
「マリウス様……」
「仮に反省ができない人間だとしたら、それはそれ。俺も彼女に厳しく当たるしかないけどさ」
そうならないことをただただ祈るばかりだ。
俺は決してラフラが嫌いじゃない。むしろ、昔は結構すきだった。
いまでも、リリアたちと仲良くできるんじゃないかと思ってる。
いや……仲良くしないほうがいいのかもしれない。
俺はもう、これ以上ヒロインが増えるのは困る。
すでに、どう対処していいのかもわからないのだから。
「それより帰ろう。今日は嫌なことを聞いてぐったりしてるから、ティルの紅茶が飲みたいな」
「……はい。いくらでも淹れますよ」
「ありがとう」
最後に二人で笑ってから、俺たちは自室に戻った。
▼
マリウスのもとから立ち去るラフラ。
彼女の心境は、マリウスの想いとは裏腹にどす黒い色に染まっていた。
「チッ……! またあのメイドに邪魔された。なんなの? たかが平民の分際で、いつもいつもいつも! マリウス様のお気に入りじゃなかったら、今すぐにでも潰してやるのに……!」
親指の爪を噛みながらラフラは怒りの形相を浮かべる。
前からティルノアには妨害をされてばかりだ。
彼女がいなければ自分の計画はもっと上手くいくのに、と。
「どうする? どうしたらいい? これ以上おかしな真似を続けると、さすがに王女殿下やセシリア様たちに目をつけられる可能性がある……。かと言って、行動に移さないかぎりなにも始まらない……」
いくつかの案を思い浮かべては却下していく。
どれも具体性に欠けているうえ、リスクが大きい。
なるべく自分が傷付かず、それでいてリリアたちにダメージを与えられるような作戦がいい。
しかしそうなると、やはり地道に自分の立場を利用して悪評を流すしか方法はなかった。
すでに何度か試みているのだが、成果はまだまだ乏しい。
そもそもマリウスにばかり当たっても、人がいいマリウスはあまりリリアたちの悪評を気にしない。
そこには完全なる信頼が成り立っていた。
それを思い出すと腸が煮えくり返る。
「なにかなにかなにか……手っ取り早い方法が……」
ギリギリと奥歯まで噛み締め、自室に戻るための道を進む。
——ふと。そこでひとりの女性を見かけた。
こんな時間までなにか用事を済ませていたのか、白髪の髪が風で揺れる。
自分より年上の彼女を見て、しかしラフラの表情は明るくなった。
にぃっと悪戯めいた表情を浮かべると、前方を歩く少女の名前を呟く。
どこか楽しそうに。
「フォルネイヤ・スノー……侯爵令嬢……!」
———————————————————————
あとがき。
来週から更新ペース落とすかもしれない!
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