第161話 辞退します
押しかけラフラからさらに数日。
ここ最近は平凡な日々を過ごしていた。
夏休みの記憶も遠い過去になり、いまはそれより目先のイベントに関して話題は広がっていく。
「——文化祭?」
テーブルの隣に座るリリアが、唐突にそんな単語を口にした。
俺はオウム返しで尋ねる。
「はい。そろそろ季節は十月。となると、我々学生には文化祭の時期が訪れます」
「はーん……。そういやゲームでもそんなイベントがあったような……」
「ゲーム?」
「ああいや、なんでもない。こっちの話だ。続けてくれ」
うっかり口を滑らせてしまった。
紅茶を一口含んで雑に誤魔化す。
幸いにもリリアは追求してこなかった。すぐに話題が文化祭に戻る。
「まず、文化祭ですが、この学院では基本的に貴族を相手にした催しとなります」
だろうね。貴族の学校だもの。
「しかし、普段は勉学に取り組む貴族子息、令嬢たちも文化祭の日だけははしゃぎます。具体的には、平民のように騒ぐことが許されます。無礼講というやつですね」
「アリなの、それ?」
「アリです。誰に迷惑をかけるわけでもありませんから。それに、はしゃぐと言っても程度があります。平民らしくお店を作ったりする程度かと。一種の社会経験ですね」
「ふうん……」
それなら前世で体験した文化祭とあまり変わらないな。
元がゲームなんだしそんなもんか。
あまり深くは突っ込まないでおく。
「まあ、平民の真似と言っても、たとえば喫茶店をやればメニューは高級品ばかりになりますが」
「そこは相手も貴族だからな。しょうがない。メイドとか執事喫茶とかは?」
「メイド……執事喫茶?」
「あ……なんでもない。そう! 演劇とかもやるんだろ!?」
またしても文明の差というか、平民と貴族の差が出て戸惑う。
半ば無理やり話題を変えた。
「……演劇はやりますね。それで言うと、今年はマリウス様が主役に選ばれるかと」
「——は? 俺たちのクラスが演劇をやるのか!?」
「そうですよ。なんと言ってもこのクラスには王女である私や、公爵子息のマリウス様。令嬢のセシリアなどがいますから。演劇をやれば盛り上がることは必然! 私はお姫様役を担当するでしょう! もちろん王子様はマリウス様が」
「辞退します」
「ダメです」
愛らしい声で即座に拒否された。
ええい! 待て待てまてぇ!
「いやいやいや! なんで俺が演劇!? やったことないし無理に決まってるだろ!」
「最初は誰もがそう言うんです。でも、練習してみれば少しは形になると思いますよ?」
「恥をかきたくない」
「ダメです」
「諦めなさい、マリウス。リリアがこうなったらテコでも動かないわよ。まあ、お姫様役は私も相応しいとは思うけどね」
「——は?」
「——ん?」
バチバチと火花を散らすリリアとセシリア。
あ、あれ?
この二人ってすごく仲良かったよね?
急にどうしたんだ? 心境の変化か? それとも思春期?
「ご心配なさらず、マリウス様」
「ティル」
「あれは仁義なき女性同士の争い。殿方はなにも気にせず見守るほかありません。矛先が向きますよ」
「じゃあ黙ってるわ……」
ティルが言うように、矛先を向けられたらたまらん。
俺はキーキーと可愛らしい喧嘩をはじめた二人を眺めながら、のんびりとした時間を過ごす。
これはこれで、マリウスっぽい日常風景だった。
▼
話し合いもそこそこに寮へ帰る。
最近は陽が落ちるのが早くなっているような……。
廊下を歩きながらそんな感想を抱く。
そこへ。
廊下の奥から、よろよろと足元がおぼつかない女子生徒が現れた。
誰だろうと思って視線を送ると、彼女の顔に見覚えがあった。
思わず俺は呟く。
「ラフラ……?」
彼女もこちらに気付くと、青白い顔で言った。
「……マリウス様? ああ、マリウス様……」
なにかあったのだろうとラフラへ近付く。
彼女は最近、なにかとやつれていた。
そんなに酷いことをされているのだろうか? 事実かどうかはわからないが。
「顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「あ、いえ……はい。最近、虐めを受けて精神的に参っていまして……。ラフラは、そんなに嫌われるようなことをしたのでしょうか?」
「ど、どうだろね……」
正直に言えば首を縦に振りたかったが、グッとその気持ちを抑えて目を逸らす。
そんな悲痛な面持ちの俺に代わって、背後からティルが口を開いた。
「そんなに辛いのでしたら、ご両親に相談したほうがよろしいかと。専属メイドはどうしたんですか?」
「……また、あなたなの」
二人のあいだに火花が散ったように見えた。
目を細める二人。
重苦しい空気が流れる。
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