第160話 セシリア?
「……たいへんお待たせしました、王女殿下。セシリア様」
扉を開けてティルノアが談話室に入る。
中にはすでにリリアとセシリアの姿があった。
椅子に座って優雅に紅茶を飲む二人は、ティルノアを見るなりニコリと微笑む。
「それほど待っていませんわ。こちらこそ、わざわざご足労ありがとうございます。マリウス様は快く送り出してくれましたか?」
「はい。リリア殿下とセシリア様に呼ばれている、と言ったら」
「それはよかった。場合によってはマリウス様も一緒に来てもらう必要もありましたが、あまり女同士の話は聞かせたくないので」
「きっと驚くでしょうね。私たちのドロドロとした話は」
紅茶を飲みながらセシリアが言う。
隣に座ったリリアは、若干ムッとした。
「ドロドロ、なんて言わないでください。そこまで酷い話はしませんよ」
「……本当に? 今回の話、あの子に関してなんでしょ? ラフラ・バレンタイン」
セシリアがその名を口にした途端、談話室内の空気がわずかに張り詰めた。
「私はリリアやティルノアほど彼女をよく知らない。人伝でしか人物像は想像できないわ。けど、あなたが顔を歪めるくらいには面倒な相手らしいわね」
「そうですね……。セシリアにわかりやすく言うと、私がもう一人いると思ってください。それも飛び切り病んでる私が」
「……マリウスに同情したわ」
「セシリア?」
ニコリ。
隣からリリアの圧が飛んでくる。
「じょ、冗談よ冗談。そんなに怒らないで」
「怒ってません。ただ、セシリアが私のことをどう思ってるのかはよくわかりました」
「なんだか嫌味な言い方ね……。リリアだって私のこと雑魚って言ったし……」
「事実です」
「酷くない!? もっとこう……オブラートに包むっていうか……」
「親友であり幼馴染でもあるセシリアだからこそ、私はウソや建前を使いません。そういう関係でしょう? 私たちは」
「リリア……」
ティーカップをテーブルに置いてセシリアが笑う。
「——それじゃあ私も言うわ。正直、リリアの行動は行き過ぎてる。マリウスが可哀想だからあまり過激なことはしないでちょうだい」
「…………ふふ」
「…………あは」
バチバチと二人のあいで火花が散る。
止めようがないティルノアは、その光景を眺めつつ肩身の狭い思いをしていた。
「で、殿下……セシリア様も、そろそろお話に戻りませんか?」
「あら。ごめんなさいティルノア。久しぶりにセシリアと有意義な話ができたものだから盛り上がっちゃって」
「そうね。話の続きは王宮でじっくりと話しましょう。いまは私たちのことよりマリウスの件だわ」
ティルノアが勇気を出して口を挟んだことにより、なんとか話題は軌道修正される。
「……それで、ラフラ・バレンタインについてなにかあったの?」
セシリアが早速、切り込んだ。
ティルノアが答える。
「はい。ここ最近、彼女は自分が虐めを受けているとマリウス様に接触を図っています」
「虐め……? この学院で?」
「ラフラ様曰く、自分より位が上の貴族に虐められているかもしれない、と。問題はタイミングが良すぎることですね」
「というと?」
「ほぼ毎回、虐められたあとでマリウス様と遭遇しています。最初は水をかけられた。次は教科書が破かれている。極めつけは暴言を吐かれた、と。少なくとも三回は」
「なるほど……。それはたしかに疑い深い内容ですね」
リリアがふむ、と人差し指を唇に当てる。
「三回も重なると、さすがに作為的なものを感じるわ」
「私もセシリア様の意見に同意します。実際、ラフラ様の話に割り込んでみると、ラフラ様はあっさりと立ち去っていきました。恐らく、今後も増えるかと」
「……それって、ティルノアはどう思ってるの? ラフラ・バレンタインの自演だと?」
「正直に申し上げると、その可能性は高いと思います。主観で申し訳ありませんが」
「いえ、そんなことありません。話を聞くかぎり私もその可能性が高いと思います」
「普通、そんなことする? 仮にも令嬢が」
「ラフラさんはしますよ。私が知ってるラフラさんなら」
「ある意味すごい信頼ね……同族嫌悪かしら」
「セシリア?」
またしてもニコリと笑うリリア。
セシリアは即座に首をぶんぶん左右に振った。
「じょ、冗談冗談! それより! 彼女はそんな真似をしてなにがしたいのかしら? ね!」
半ば無理やり話題を変える。
リリアが「まったく……」と言いながらもセシリアの疑問に答えた。
「まあ、悲劇にヒロインにでもなりたいんじゃないですか? 彼女、そういうの好きそうだし」
「リリアも好きだしね」
「いい加減、怒りますよ?」
「すみません」
セシリアが素直に謝る。
「ですが……もし他に狙いがあるとすれば……」
「他の狙い?」
「私にもわかりません。虐め……マリウス様……ラフラさんにとってのメリット……」
ぶつぶつと呟きながらリリアは考える。
だが、当然答えは出ない。
最終的に、現状維持の要警戒、という結論になってしまう。
しかし。その場の誰もが、薄気味悪い違和感を覚えていた。
まるで、よくないことが起こるような。そんな気がした。
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