第158話 地雷に当たっていくスタイル

 ひとりで休み時間にトイレへ行くと、入り口から出た途端にラフラと遭遇した。


 彼女は、俺を見つけるなり涙を浮かべて走ってくる。


 目の前で止まると、胸元に抱えたボロボロの塊を見せて言った。


「マリウス様! こ、これ……。今朝、私の机に入っていた教科書が……!」


 鋭利なものでズタズタにされた教科書らしきものを見せてくる。


 これは酷い。


 表紙から中身のページまで徹底的に切り裂かれていた。


 ラフラが握れば握るほど、裂けた紙の欠片が床にほろほろと落ちる。


 もはや使い物にはならないだろう。


「もしかして……また、誰かに?」


「はい……。学校に登校してすぐに気付きました。机の中に入れておいた教科書が、恐らくハサミのようなもので切り裂かれている、と。酷いです……」


「たしかに酷いね……。貴族にとって教科書なんて安物だけど、精神的なダメージがすごい。ラフラはなにもされなかった? 机の中に刃物が入ってて切ったとか」


「……え? い、いえ。ラフラは平気です。このとおり、教科書以外に被害はありません。ご心配ありがとうございます」


 さっきまで教科書と同じくらいボロボロ泣いていたのに、俺が心配した途端、顔を赤らめて彼女は照れた。


 切り替えが早い。


 セシリアと同じタイプだったりするのかな?


 ……いや。よくよく考えたら、自分の持ち物が誰かに切り裂かれていたのだ、哀しくならないわけがない。そこに俺がたまたま居合わせて心配したものだから、素直に嬉しかったのだろう。


 逆の立場だったら安心できる気がする。


 ——っといけないいけない。


 昨日、ティルからラフラには気を付けろって言われたばかりじゃないか。


 昨日の今日でもう絆されている。


 しっかりしろ俺。ティルだけならともかく、婚約者のリリアまで注意するように言ってくれたんだ。二人の厚意を無碍にしたら罰が当たる。


 ぶるぶると首を左右に振って、これまでの意識を消し去る。


 表情とともに気を引き締め、その様子に首を傾げているラフラに言った。


「ひとまずバレンタイン伯爵に相談したほうがいい。学校でイジメを受けているかもしれない、と」


「ですが……相手は恐らくラフラより上の貴族かと。侯爵か公爵か王族か知りませんが、そんな相手に楯突けるほどいまの我が家は……」


 いまサラッと不敬罪にあたるような発言が聞こえたが、聞かなかったことにする。


 現在、学院に通っている王族は三人。


 ひとりはほとんど休学状態で学院にはいないし、俺やラフラとはそこまで接点がない。そしてもうひとりは男性。


 消去法的に、犯人が王族だった場合リリアということになる。


 いくら怒り狂った彼女でも、相手の教科書をズタズタにするような真似はしない。


 ……しない、と思う。


 やるならきっと直接殴りにいくはずだ。リリアはそれぐらい男らしい。


「相談するだけでも心は軽くなるよ。それに、バレンタイン伯爵家の令嬢になにかあったら、それこそ問題だ。相手の家が侯爵だろうと関係ない。話すだけ話してみるといい」


「……わかりました。相談に乗ってくれてありがとうございます。やっぱり、マリウス様はこの世界で一番頼りになりますね! 虐められているラフラを決して見捨てない。……そう、ですよね?」


 黒く濁った瞳が俺を捉える。


 ここで否定するべきか悩むものの、本当に彼女が虐められていたら見過ごせるはずがない。


 ややあって、俺はこくりと頷いた。


「もちろん。過去にいろいろあったとはいえ、俺とラフラの仲じゃないか。ラフラも溜め込むまえにいつでも相談してくれよ? ストレスは体によくないからね」


「はい! わかりました!」


 そう言って満面の笑みで彼女は笑う。


 これくらい言っておけば、暴走することは少なくなるだろう。


 あくまで過去の話を持ち出したうえでの距離の管理。きっと、ラフラも適切な距離感を保とうね、という俺の意図を汲んでくれるはずだ。


 お互いに満足げに笑ってから別れる。


「それではラフラはこれで。またお会いしましょう」


 ぺこりと頭を下げてラフラは自分の教室へと向かった。


 タイミングよく鳴り響くチャイム。


 急いで教室に戻る最中、ふと、俺は思う。




「あれ? そもそも俺とラフラって接見禁止なのにあんなこと言ってよかったのかな……?」


 もしかして俺、自ら地雷に近付いていくタイプ?

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