第155話 事件の臭い

 ラフラによる自室突撃事件から一日。


 俺は昨日の騒動? が嘘のように平和な時間を過ごす。


 授業が終わった休み時間、机の周りにはヒロインたちが集まっていた。


「ねぇねぇ、アナスタシアさんも思わない? リリア王女殿下たちってば、休日を利用してマリウスくんと楽しくお喋りしてたんだって! お姉ちゃんもマリウスくんとお話したいのに!」


「さも当然のように話題を振ってますが、あなた二年生ですよね? なぜ一年生の教室にいるんですか? フローラさん」


 ぎゃあぎゃあと人の後ろで騒ぐフローラを、リリアが冷めた眼差しで睨む。


「きゃあ! こわーい! マリウスくん助けて! 王女殿下が睨んでくるの!」


 ぎゅうぅっとわざとらしく声をあげたフローラ。ぜんぜん怖がっていないくせに、俺の頭を自らの豊満な胸元に押し付ける。


 ——柔らかいとだけ言っておこう。


「マリウス様?」


 ごめんなさい嘘です冗談です。


 途端にリリアから俺へ、殺気のようなものが飛ばされた。


 慌てて後ろにいるフローラへ声をかける。


「フローラ、あまりリリアと俺を困らせないでくれ。あとでとばっちりを受けるのは俺なんだぞ。あと普通に教室に帰れ。ここは一年生の教室だ」


「え~……だってだって、お姉ちゃんだけひとつ上だから暇なんだもーん。フォルネイヤさんに声をかけても反応が冷たいし、そうなったらマリウスくんに会いたくなるのが普通じゃない? それともマリウスくんはお姉ちゃんのことが嫌いなの? 触れられたくもないの?」


 言い終えると、さらに強く胸元を押し付けてくる。


 ぐにゃぐにゃと変形する様子が頭ごしに——。


「マリウス様?」


 ごめんなさい。


 そろそろ冗談ではすまなくなってくる。


 急いでフローラの胸元から頭を剥がした。残念そうなフローラの声が聞こえてくるが無視だ。こっちは命がかかってる。


「そう言っても他の生徒の目もあるからさすがにな。ちゃんと時間はとっているんだし、わざわざフローラがこんな真似する必要はないよ」


「大丈夫だよマリウスくん! お姉ちゃんはマリウスくんのためならどんな労力も厭わないもの!」


 無敵かな? この人。


 遠まわしにリリアが怖いし、人目もあるからそういうのはせめてプライベートな時にお願いします、って言ってるのにすべて自分の好意でゴリ押してくる。


 あまりの前向きっぷりに、やれやれとリリアがため息を漏らした。そして、懐から一本の鎖を取り出す。


「まったく……そういう風に、私の前でマリウス様を汚そうとするからこういう目に遭うんですよ。わかってますか? フローラさん。もう少しだけ分別をもってください」


 そう言いながら慣れた手つきでフローラを縛っていく。フローラのほうも一切動揺していない。逃げることもせずにされるがままだ。


 このどちらも慣れた様子を見てイヤになる。顔つきが違うって話じゃない。




 思わず俺が二人から視線を逸らすと、その先でアナスタシアと目が合った。


 彼女は普段の真顔にわずかな不安を浮かべると、ジーッと俺のことを無言で見つめてくる。


 視線に圧を感じたので俺がたまらず声をかけた。


「な、なにかな? アナスタシア」


「……たしかに、フローラ様の言うようにズルい。僕だってマリウス様とイチャイチャしたい」


「アナスタシアさん?」


 急にどうしたんだ。彼女はあまりそういったことを積極的に口にしないタイプかと思っていたが……。目がマジだからたぶんガチだ。


「ズルい」


「そう言われても……」


「ズルい」


「そうだよズルい! ズルいズルいズルい! ……あ、ちょっと痛いかな、王女殿下」


 途中でアナスタシアの無機質な声にフローラが混ざる。後半は無視だ。


「二人のために時間を作ればいいのか?」


 俺が素直にそう尋ねると、アナスタシアもフローラも揃って頷いた。


「お願いします」


「ぜひマリウスくんの自室で二人きりを所望します」


「却下です」


 フローラの提案は。儚くも俺ではなくリリアに砕かれた。


 もう面倒になったのか、それを機に彼女は鎖に縛られながら、リリアに廊下へ引きずられていく。


 「ま、またね! マリウスくん!」というフローラの最後の言葉に手を振って答え、残されたアナスタシアの提案自体にはOKを出した。


 ついでにもうひとり残ったセシリアが、「私もまた……一緒に話そうね?」と言ってこの話は終わる。


 リリアが帰ってきたのは、チャイムが鳴る三分前だった。




 ▼




 午後も含めたすべての授業が終わる。


 一ヶ月ちょっとぶりの授業は、マリウスのスペックと前世の記憶が役立ち置いてかれることはなかったが、さすがに少し疲れた。


 切れた集中力に内心で感謝を告げながら自室に戻る。


 その途中、いまだ青い空を窓越しに眺めながら廊下を歩いていると、ふいに、突き当たりの角からひとりの女子が飛び出してきた。


 思わずぶつかりかけて反射的に後ろへ身を引くと、女性側もなんとか踏ん張って転ばずに済む。


 なぜか小さな舌打ちが聞こえたような気がしたが気のせいだろうか?


 しかし、それより何よりぶつかりそうだった女子生徒の顔を見て、俺は衝撃を受ける。




 廊下の角から姿を現したのは——ラフラ・バレンタインだった。


 しかも、なぜか……全身が濡れている。

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