第154話 暗躍
「ご、ごめんなさい! マリウス様!」
そう言って、俺の部屋に来るなり突然頭を下げたラフラ。
俺は何がなんだかサッパリわからず、頭上に≪?≫を浮かべたまま棒立ちになってしまう。
そこへ、再びラフラの高めの声で「ごめんなさい!」と謝られ、ようやく意識が現実に戻る。戻ると、この状況はなかなかにヤバイことがわかった。
慌てて俺はラフラを室内に誘導する。
「と、とりあえず中に入ってくれ! 廊下だと他の男子生徒たちの迷惑になるからっ」
扉を大きく開けて中へ招くと、ラフラはなんの躊躇もなく異性の部屋へと入る。
真っ直ぐ狭い道を進んでリビングに到着すると、涙を流したまま彼女は振り返った。
「ごめんなさい……マリウス様」
「またそれか……。言いたいことはたくさんあるけど、そもそもラフラはなにに対して謝ってるの? それがわからない」
「ラフラはこれまでの行いを謝罪します。マリウス様にたくさん迷惑をかけました。マリウス様だけじゃない……多くの貴族令嬢にも迷惑をかけました。それら全てを謝罪します。ラフラは改心し、自らの行いを悔やんでいます」
「……そ、そっか」
ここで彼女に「怪しい」と言ったらまずいかな?
でも、リリアたちの報告と前回の態度を見るかぎり彼女が反省してるとは思えない。
それとも本当になにかしらあって、もしくはリリアに諭されて彼女は改心したのだろうか?
だとしたら、俺がここで感情に任せて怒鳴ったりするのはまずい。
あと男子寮だというのもまずい。ここは基本的に女性の立ち入りが禁止されている。
正式な手続きをとって学院側に認められているならともかく、俺との接見禁止を言い渡されているラフラにそんな許可が下りるとは思えない。
仮に下りるとしたら、当人である俺になにかしら連絡がくるはずだ。
そこから導き出される答えはひとつ。
ラフラは誰の許可も取らずに勝手に男子寮へ侵入したってこと。
他の生徒や教員にバレるとかなりまずい。
事情を知らないやつが、俺が勝手に招き入れたと誤解するのもまずい。
あとで釈明はいくらでもできるが、噂とは広まったら意外と面倒だ。特に貴族はこの手の醜聞を好む。
相手を叩き笑いたくてしょうがないような連中が多いのだ。
しばし悩んだ末に、俺は肩を竦めて妥協案を探した。
「ラフラの誠意はわかった。でも、本当に俺に誠意を見せて謝りたいと思ってるなら、謝罪を受け取ってほしいと思ってるなら……。ちゃんと正式に認められた形で会いに来てほしかったな。こういう真似じゃなくて」
「それは……すみません」
自らの行いを指摘され、ラフラは瞳を伏せる。
声色から彼女がショックを受けたのがわかる。
「両親やグレイロード公爵様に許可をもらおうとすれば、きっと謝る機会はずっと遅れる可能性がありました。だから、ラフラはそれを待てずに……本当にすみません!」
とうとう膝をついて頭を下げるラフラ。このままいくと土下座すらしかねない勢いだ。
いくら俺より格下の令嬢とはいえ、由緒正しきバレンタイン伯爵令嬢が土下座などまずい。本当にまずい。というか見たくない。
俺は焦りを抑えながらも彼女の肩に触れてその行動を止める。
「もう謝罪はいいから立ってくれ。俺は別にラフラのことを嫌ってるわけでも怒ってるわけでもないんだ。たしかにラフラがやったことはあまり褒められたことではないけど、そこまで大きな問題でもない……かもしれない」
本当は大事だったかもしれない。だがいまは知らんぷりする。
「それでも、ラフラが本当に変わろうとしてくれるなら俺は嬉しいよ。その気持ちをこれからも大事に歩んでほしい。それと、次からはもう勝手に来ちゃだめだよ?」
「……ああ、マリウス様……!」
半ば無理やりに立たせたラフラから、深く強い愛情が向けられる。
しかし、俺は彼女の好意に応えるつもりはない。
見なかったことにしてさっさとラフラを部屋から追い出そうとする。
いつまでもここにいたら、ティルが戻ってきて面倒なことになる。
ぐいぐいっと背中を押して扉を開けると、最後に、
「じゃあまた学院でね。と言っても、俺はラフラと同じクラスでもないし、そうそう会うことはないだろうけど」
と言って扉を閉める。
彼女がどこかへ行くのか見送っていたら時間の無駄だし、ラフラ自身も帰りにくいだろう。
あとは彼女が他の生徒やティルに見つからないことをただただ祈るだけだった。
改めて疲労した心を労いながらソファに体を沈める。さっきよりずっと疲れた。
▼
部屋から追い出されたラフラ。
彼女は、扉の前からマリウスの気配が消えると、ゆっくりと廊下の突き当たりまで向かう。
その途中、思わず昂ぶる感情が口から漏れた。
「ふ、ふふふ……ふへへへ…………。久しぶりに間近で見るマリウス様が、素敵すぎる……ふひっ」
他の人が見たら精神状況を心配されそうなほど整った顔立ちを崩し、欲望全開の言葉を垂れ流す。
「それに、作戦の第一段階はうまくいった。これなら、第二段階次第ではかなりマリウス様の心に寄り添えるはず……。ふひひ……頑張って、演じないとね」
突き当たりを曲がり階段を下りる。
まだ人の気配はなく、その代わり不自然に角にはめられた窓が開いていた。他の窓はしまっているのに。
すると、そこからラフラは外へ出る。
令嬢にあるまじき大胆さとおもいきりのよさで地面に着地すると、足早に彼女はシーラが待つ女子寮へと向かった。
両親へ密告されることを恐れた彼女は、メイドにも秘密で勝手に男子寮へと侵入していた。
学院に部外者が侵入するのは非常に難しいどころか困難を極めるが、女学生が男子寮へ頑張って侵入する分にはまだ楽だった。
まさか教師陣も生徒がそこまでの行動に出るとは思ってもいない。
考えついても、普通はそんなこと貴族令嬢はやらない。
ラフラはその常識のようなものを打ち破り、しれっと何事もなかったかのように自室へ戻った。
実はやらかしてることに気付かない専属メイドのシーラは、トイレから戻ってきた主人に紅茶とお菓子を差し出す。
妙に気分のいいラフラに首を傾げるものの、彼女がなにをしていたかに関しては気付くことはできなかった。
着実に、ラフラの計画が始まる。
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