第153話 駄メイドめ……
呪いによる記憶喪失から家出を決意し、王都を出た俺を追って、ヒロインたちが追いかけてくる……という騒動から、さらに二週間ほどが経過した。
とうとう夏休みという言葉は終わりを告げ、久しぶりの新学期がやってくる。
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ガタガタと小さく揺れる馬車の中で、俺は盛大にため息をついた。
「ハァ~~~~……夏休み中は暇だなんだと言ったが、学校が始まるとそれはそれで憂鬱だな……」
その言葉に正面に座ったティルが反応する。
「贅沢な悩みですねぇ。卒業したらもっと忙しくなるんですから、いまのうちに学生生活をめいっぱい楽しんでください」
「田舎で畑を耕してるほうが俺には合ってるよ」
「リリア王女殿下に監禁されてもいいなら、私は止めませんが……」
「……やっぱりそうなる?」
「間違いありませんね。王女殿下のマリウス様への気持ちは、成長するごとに増しています。リコリットの村での告白以降、穏やかにはなっていますが本質は変わりませんよ」
まさにそのとおり。
俺を何度も鎖で縛りあげたリリアなら、逃げる俺を簡単に監禁するだろう。想像するのは容易だった。
「となると……数年前から俺は次期公爵になるしか道はないってことだ」
「素敵なお嫁さんですね」
「マジかよ」
たしかにリリアはいい奥さんになると思う。俺も今では彼女にデレデレだ。
けれど、これまでの道程をすべて納得して「リリアって最高!」と諸手をあげられるほど、俺はマゾヒストにはなれない。
それでもこの道に意味はあったのだと思えるだけまだマシだがな。
「リリア王女殿下が、いつかマリウス様を刺しそうで……おもしろ——じゃなくて、心配です」
「おい」
ぜんぜん隠せてないぞ。
じろりと俺がティルのことを睨むと、下手くそな口笛を吹いて彼女は視線を逸らした。
その時。
「あ! マリウス様、学院が近付いてきましたよ。久しぶりの光景ですね!」
「露骨に話を逸らしたな……」
村でのお淑やかな雰囲気はどこにいったのか。ティルはこれまでのティルに戻っていた。
深くため息をついてから彼女の視線を追って外を見る。
すると、たしかにそこには懐かしい光景が広がっていた。
「…………新学期、か」
もはや悪役貴族マリウスはいない。
俺に待ち受けるのは平凡……でもない学生生活。
思わず、どうやって楽しむかを考えた。
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午前中は、教師や学院長の話を聞くだけで終わった。そして、午後の授業は免除される。
正式に授業が始まるのは明日からで、今日のところは全員が解散となった。
俺はリリアたちに挨拶してから自室のある男子寮へと向かう。
すでに、ティルに荷物を運ばせているからその整理でもしておこう。
男子寮に到着すると、置いてあった荷物を次々と整頓していく。
我ながら荷物自体は少なく、それもすぐに終わった。
疲れた体を癒すためにティルに紅茶を頼むと、彼女は恭しく頭を下げてから部屋を出ていく。
あとは、少し待っていれば紅茶の入ったティーカップなどが運ばれてくるだろう。
疲れた時はお菓子と紅茶にかぎる。
……俺もすっかりこの世界に染まったものだ。
そんな、どこか懐かしくも感じる気持ちを抱きながらソファに背中をあずけていると、ティルがいなくなってものの五分ほどで部屋の扉がノックされた。
「? ティル?」
首を傾げて声をかけてみる。だが、扉の向こう側にいると思われる人物から返事は返ってこない。
そもそもこんなに早くティルが戻ってくるとは思えない。誰か……男子生徒でも来たのだろうかとソファから立ち上がり、着替えていない制服のまま扉を開ける。
すると、扉の前にはなぜかラフラが立っていた。
彼女も俺と同様に着替えていないのか、学院の制服を着たままだ。
やや警戒心を抱く俺の、
「——ら、ラフラ? どうして……」
という言葉に、唐突にラフラは涙を浮かべて大きな声で返した。
「ご、ごめんなさい、マリウス様! マリウス様に、どうしてもお話が!」
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