第152話 黒い花
「……ラフラの件?」
俺がそう聞き返すと、リリアが頷く。
「はい。先日、ラフラ・バレンタインさんの屋敷へ訪問しました。そこで、ラフラさんにマリウス様に関わらないほうがいいと忠告したのですが……」
「その様子だと、ラフラは聞く耳をもたなかったってところかな? 大丈夫? 王女に手を出すほど危ない子じゃないけど、なにもされなかった?」
「ええ。聞き分けのいい顔で私の話を聞いてくれましたよ。何度も睨まれたので、恐らく内心ではまったく納得していないと思いますが」
そこまで言うと、リリアは先ほどまでのテンションを取り下げて真面目な表情を作る。
セシリアも俺の胸元から顔を離し、姿勢を正して続きを促した。
「それで……リリア的にはどうなの? ラフラさんについて」
「主観ではダメですね。彼女は今後もマリウス様に関わる気でしょう。あれは止まりません。騒動に発展するのは時間の問題かと」
「うーん……。それは困ったなあ……」
ラフラは本来、あまり他者と積極的に関わるタイプじゃない。人見知りというやつだ。
事件のせいで豹変したからいまは過去の一面など見えなくなっているが、そんな彼女に問題など起こさせたくはない。
そこにかすかにでも俺の責任がある以上、あまり関わり合いたくはないが逃げるわけにもいかない。
かと言って人の話を聞くタイプでもない。
王女であるリリアが言っても聞かないなら、恐らく誰がなにを言っても聞いてくれないだろう。
「念のため父であるバレンタイン伯爵にはそれとなく見張るよう言いましたが、伯爵の目も完璧ではありません。彼女が自由にマリウス様へ手を出せる環境と言えば……恐らく学院内」
「学院内でなにかしらマリウスに仕掛けてくると?」
「それかマリウス様の周りの人に、ですね」
「つまり私たちにも危険があると」
「危険って……」
なにもそこまで身構えなくても、と思うが彼女たちの意見は違った。
「危険ですよマリウス様。私の言葉を無視するような人物に、まともな倫理観や理性があるとでも?」
「王女や公爵令嬢だぞ?」
「それでもごく少数の愚者は、自らの行いを正当化して問題を起こすものです。これまでの歴史がそれを証明しているでしょう?」
「……たしかにな」
それを言われると弱い。
だが、まだ子供に過ぎないラフラが俺やリリアたちになにをするって言うんだ?
ちんけな想像力しかもたない俺には到底ラフラの思惑など考え付かない。
「とはいえこれは仮の話です。ラフラさんが改心した可能性だってゼロではありません。気にしすぎず、なにかあったら冷静に対処しましょう」
「わかったわ」
「了解」
リリアの提案に俺もセシリアも同時に頷く。
こうして、リリア主催のお茶会はなんとかまともな最後を迎えた。いろいろあったが、結果的にはリリアやセシリアとまた一歩仲良くなれた気がする。
そう思いながら俺は馬車に揺られつつ自宅へ戻った。
▼
一方その頃。
薄暗い室内で、マリウスの絵に頬をぴたりと付けるラフラ。とろけるような表情で、彼女は虚空に向かって言葉を零す。
「くひ、ひひひ……待っててくださいね、マリウス様。きっとマリウス様をあの女の魔の手から解放して差し上げます。マリウス様だって、本当はそれを望んでいるのでしょう? ラフラは知っています。ラフラだけが理解してあげられます。あなたの全てを…………ひひ」
恍惚とした瞳が視界に収めるのは、ただただマリウスのみ。
黒塗りの瞳は怪しい輝きを宿し、自らの願望に燃えていた。
「くふふ……きっと、きっとうまくいく。あの女を——にすれば、きっとマリウス様は解放される。周りの意見がひっくり返り、本当に相応しい相手が誰なのかハッキリするはず……そうすれば、ラフラこそが悲劇の————」
謳うように呟く。
踊るように体をベッドの上で回す。
両手をあげて未来の自分自身を思い浮かべると、そこには最悪の幸せが形を成していた。しかし、本人はそのことに気付かない。
それが正しいことだと信じてやまなかった。
「必ず……ラフラがヒロインになるの」
長く続いた夏休みが終わる。
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