第150話 第三王女を愛したい

「俺にとっての、リリアの価値……?」


 リリアがなにやら意味深な言葉を呟いた。


 オウム返しで繰り返すと、彼女は俺の膝の上でこくりと小さく頷く。


「はい。いまのマリウス様の近くには、とても魅力的な女性が溢れています。セシリア、アナスタシアさん、ティアラさん、フォルネイヤ先輩、それに……非常に認めたくありませんがフローラさんも」


 だからこそ、とリリアは続ける。


「だからこそ、私はときどき不安になります。マリウス様の中で私とはいま、どういう位置にいてどういう扱いをされているのか……と」


「リリア……」


 彼女の珍しい弱音にどう答えていいのか一瞬だけ悩む。取り合えず、前の告白を例に出すことにした。


「そんな心配しなくても、俺はリリアに告白したし、それなりに誠意を見せてきたつもりだけど?」


「ええ、ええ。まさにそのとおりです。マリウス様は私の想いに応えてくれます。けれど、これは人間としての本能からくるもの。いくら愛されても止まることのない気持ちなんです。相手のことが本当に好きだからこそ、その愛情が不変的なものではないのかもしれないと不安になってしまう……。マリウス様がモテればモテるほどに、その気持ちは大きくなる。本人の理性では抑えきれないほどに」


 そこで言葉を一旦切ってから、リリアは顔を上げて俺を見つめる。お互いの視線が交差した。


「きっと、きっと私はマリウス様にこれからも嫉妬の感情を向けます。心を痛め、憤りをぶつけるでしょう。狂い、愚かな存在になり果てる私を……それでも見てほしいと、あなたにお願いしてもいいですか?」


 ここぞとばかりに自らの内面を吐露するリリア。


 まさかこんな真面目な話をするとは思ってもいなかったが……。


 決して、俺は覚悟していなかったわけじゃない。




「いいよ」




 短く告げる。次いで、俺はリリアがなにかを言うまえに、腰を曲げて彼女の顔に自らの顔を近づけた。


 迫るお互いの表情。


 リリアは真剣な眼差しから動揺のものへと感情を切り替えるが、それを知った時にはすでに、俺の唇が彼女の唇を奪っていた。




 ——ほんの数秒ほどのキス。




 顔を離して見下ろした先では、リリアが困惑を隠せていない。


 そんな彼女にフッと笑みを浮かべて言った。


「好きに疑い、嫉妬すればいい。リリアが苦しむっていうなら、それ以上の気持ちでリリアを喜ばせるのが俺の役目だ。そうだろ?」


「マリウス様……」


「リリアがそうであるように、俺ももうリリアから離れられない。後悔しても遅いよ」


 悪戯っぽくそう言うと、顔を赤く、とんでもなく幸せそうにしたリリアが俺の後頭部に手を回す。


「後悔なんて……するはずがありません。あなたは私の……運命なのだから」


 引き寄せられた俺の顔が、再びリリアの顔と重なる。


 セシリアとは平穏でゆったりとした時間を過ごしたが、リリアとの時間は……不思議と時間の流れが早く感じるほど濃密なものだった。




 ▼




 我ながら、護衛の騎士たちが見守る中でこれほど恥ずかしい場面を見せ付けるとは思ってもいなかった。


 セシリアが戻ってくる頃には、俺の表情がリリアへの好意とは違う意味で真っ赤になっている。


 ——恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!


 顔を下げたから行為そのものは見えていないだろうが、勘のいい騎士たちはなにをしていたのか察しくらいつくだろう。


 そういうことを平然とできる人ならまだしも、俺とリリアはまだ若いのでそこまで綺麗に割り切れなかった。


 ……いや、割り切れなかったのは俺だけだ。リリアのほうは、体勢を直してずっと俺の肩に自分の頭を乗せている。


 ときおり、彼女が奏でる鼻歌が聞こえてくるくらいには上機嫌だった。はいあーん、とかもされた。


「…………な、なんだか、急に距離が縮まったような気がするわね」


 戻ってきたセシリアが、テンションマックスかつ幸せの絶頂にいるリリアを見てそう感想を述べた。


 リリアは、満面の笑みを浮かべると、


「それはもう!」


 と元気よく彼女の疑問に答える。


 それからは、三十分ほどセシリアとリリアの幸せ女子トークが続いた。俺をあいだに挟んで……。

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