第149話 第三王女は悩む

「…………ずいぶんと楽しそうですね」


 しばらくセシリアとゆっくり過ごしていると、用事を終わらせてきた? リリアが戻ってくる。


 リリアは、俺に膝枕されて幸せそうなセシリアを一瞥すると、なぜかジト目で俺の顔を睨んだ。


「これは……なんといいますか……」


「別に怒ってるわけではありません。そんな浮気がバレた旦那さんみたいに慌てないでください。余計に怪しいです」


「浮気したら殺されるじゃん」


「なにか言いましたか?」


 恒例の、リリアがいつの間にか剣を持ってるパターン。きらりと陽光を反射する銀色の剣身が、俺の首元に突き出された。


「ナニモイッテマセン!」


 即行で俺は謝罪する。




 おい誰だよ! リリアに刃物持たせてる奴! 子供とリリアに刃物を持たせちゃダメって誰でも知ってることだろ!?


 きょろきょろと周りを見渡して、遠巻きにこちらを窺っていた近衛騎士たちを睨む。が、彼らは全員がしっかりと帯剣していた。彼らの武器でないとなると、リリアの私物か武器庫から持ち出してきたのか。前者のほうは想像したくなかった。


 ウチの婚約者がどんどんバイオレンスになっていく件。


 これは小説で出ますね。


「……なんですかその顔。不思議と不満が出てきます」


「理不尽すぎる」


 なんでお前は俺の内心に関してそんなに詳しいの?


 あと早く剣を下ろしてください。近い近い! 刺さるから! 本気で首に刺さるやつだからそれ!


 俺の心からの悲鳴が聞こえたのか、若干不服そうな顔を浮かべながらもリリアは剣を遠ざけてくれた。もう片方の手で持っていた鞘に納めると、俺の隣に座ってテーブルの上に剣を置く。


 紅茶やお菓子の隣に並べられる剣について。


 これはもうお茶会と呼べるのだろうか?


 俺がお茶会という文化に対して首を傾げていると、これまでのやり取りを知らないセシリアがようやく顔を上げた。


 リリアにバレてやや赤くなった顔のまま笑うと、ふにゃふにゃになった声で彼女は言う。


「ご、ごめんねリリア。私だけ楽しんじゃったぁ~」


 なんかちょっと陽気な酔っ払いみたいに見える。


「いいえ。セシリアが幸せそうで私は嬉しいです。でも、ずるいので後で私にも膝枕してくださいね?」


「え? もうすでにセシリアにやって膝が痺れ——」


「お願いしますね」


「……いや、だから…………」


「お願いしますね」


「リリアさん?」


「お願いしますね」


「…………」


「お願いしますね」


「はい……」


 だ、ダメだ。この第三王女、人の話を聞かない最強の無敵モードになりやがった。


 あらゆる俺の言葉をスルーし、自らの欲望を前面に出す。王族にのみ許されたどんな相手にも通用する最強の≪お願い≫だ。




 俺が改めてリリアという個人に戦慄していると、どこまでも暢気なセシリアが横から口を挟む。


「だったらあ……次はリリアがマリウスと二人きりで楽しむといいわ。私だけ甘えさせてもらえるのは不平等だものぉ~」


「……セシリアさん?」


 あなたはなにを言ってるの? これはお茶会であってドキドキイベントじゃありませんことよ?


 俺の疑問と動揺は、しかし反対側に座るリリアの「なるほど!」という表情に打ち消された。


「それは妙案ですねセシリア。ありがとうございます。実は私もマリウス様にお願いしたいことがあったんですよ。ね? マリウス様」


「…………へ、へぇ、そうなんだ……。知らなかったよ」


 いけしゃあしゃあとさっきの会話をなかったことにした。


 情熱的な赤い瞳が真っ直ぐに俺の顔を射貫き、爛々と輝く高エネルギーの熱量がどこまでも鋭く俺の思考を押さえ込む。


 別に、三人でお茶を飲みながら平和的に話すだけでもよかっただろ……と思いながらも、彼女たちの提案を悪くないと考えてしまう俺は、ティーカップを口元で傾けてから言った。


「でも、そうだな。セシリアの好意に甘えるとしようか」


「決まりですね」


 リリアのその一言で、セシリアは騎士のひとりを伴って別の庭園を散策しに行った。残された俺とリリアのあいだに、短い沈黙が流れる。


 まずはなんて言って話を切り出したものかとしばし悩んでいると、ここでも先にリリアから行動を見せてくれる。


 なにも告げずに、いきなり俺の膝に頭を転がせた。


 腰元に顔を引っ付けて自らの表情を隠す。


 なにをやってるんだろうと思った瞬間、彼女の赤い耳が見えてフッと笑みを零した。


「……ねぇ、リリア」


「なんでしょう」


「耳、すごく真っ赤だよ」


「ッ——!?」


 バッと、指摘されたリリアは手を使って自身の耳を隠した。でも、今さら遅いと思う。


 そんなこともわからないくらい彼女は動揺していた。それが面白くて、可愛らしくてごく自然に彼女の頭を撫でる。


「ふふ……こうしてリリアに甘えられるのは、なんだか久しぶりのように感じるね」


「誰かさんが王都から姿を消してましたからね。なにも言わずに」


「——ぐふっ!? い、いきなり人の心を抉るものじゃない……。俺だって、その件に関しては気にしてるのに……」


「気にしてたらすべてが許されるわけじゃないんですよ? 無責任です」


「——がはっ!?」


 二度目の吐血。心が叫びたがっていた。


「ご、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


 俺には謝ることしかできなかった。


「許します。ごめんなさい、私こそ。いつまでも前の話を持ち出して」


「いや、リリアの言うとおり悪いのは俺だから」


「それでも、マリウス様の弱味につけこむのは酷いことです。怒ってもいいんですよ?」


「怒らないよそれくらいじゃ。それともリリアは俺を怒らせたいの?」


「そんなこと……いえ、もしかすると怒らせたいのかもしれませんね」


 ぽつりと、リリアが珍しい言葉を零す。思わずぱちぱちと何度か激しく瞬きをしてしまった。




「えっと……それは、どういう……」


 尋ねる俺に、しばし沈黙を守ってからリリアはか細い声で呟きはじめた。




「今一度、マリウス様にとっての自分の価値というものを、たしかめたくなったのかもしれません」

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