第148話 公爵令嬢のワガママ
「……え? リリアどっか行くのか?」
まさかお茶会が始まって、一時間ちょっとでいなくなるとは思ってもいなかった。思わず声が出る。
しかし、リリアは首をわずかに横に振ってそれを否定した。
「すぐに戻ってきますよ。この時間はセシリアのための時間でもありますから」
「セシリアのための?」
隣の彼女を見ると、セシリアは事前にリリアからこの展開を聞いていたらしい。俯きながらもぼそぼそっとした声で言う。
「二人きり……ダメ?」
最後に見上げた先で視線が交わった。
深い海色の水晶玉が真っ直ぐに俺の眉間を貫く。
「ダメ……じゃないよ。そういうことならリリアの好意に甘えようかな」
「ありがとうございます、マリウス様。——で・す・が!」
ぐいっとリリアが顔を近づけてくる。
「くれぐれも。くれぐれ~~も! セシリアに手を出してはいけませんよ? いくらなんでもお外でそういうのはよくありません。せめてするならまず私から襲ってください。いいですか?」
「襲いません」
彼女をジト目で睨む。
するとリリアは顔を離し、くすりと笑ってからなにも言わずに立ち去っていった。残された俺とセシリアのあいだにわずかな静寂が漂う。
最後に変なことを言って消えたせいで、微妙に気まずかった。
だが、相手はよく知るセシリア・アクアマリンでここは王宮内部。いくらなんでも服を脱いでレッツダンスはしない。
俺は努めて冷静に隣のセシリアへ話しかける。
しかし、
「なあ、セシリア」
「は、はい! 脱ぎますか!?」
セシリアはパニくっていた。
ぐるぐると目を回しながら顔を真っ赤にして自らの服に手をかける。
「落ち着け。ここでそんなことをしたら不敬罪になるから。いろいろ体面もまずいことになるから。家の名前に傷が付くなんてレベルじゃない」
混乱して意味不明なことをし出す前に、俺が彼女の腕を掴んで止める。問題は、俺に触れられたセシリアの顔がさらに赤みを帯びたこと。
「あわわわわわ!? は、初めて……ここ、で……!?」
あ、ダメだ。
思った以上にセシリアの頭がピンクすぎる。
俺は彼女の腕を掴んだまま微動だにせず考えた。どうにかして彼女を落ち着かせる方法はないものかと。
けれど、問題は早々に解決する。なんでかって?
——羞恥心に耐え切れなくなったセシリアが、頭から湯気を出して倒れたからだ。「きゅ~」という情けない声が彼女の最後の言葉だった。
ぽとりと俺の膝にセシリアの頭部が落ちる。
俗に言う「膝枕状態」。少し休まないと彼女は起きないだろう。無理やり起こすのも忍びないので、俺はそのままティーカップを片手にお茶を飲む。
せっかくリリアに二人きりの時間をもらったのに、開始数分でセシリアがダウンした。元はリリアが悪いとはいえ、なんて哀れな子なんだ……。
ガゼボ内には、俺が立てる食器の音しか聞こえてこない。
▼
たっぷり十分ほど立ってセシリアが目を覚ました。
まず真っ先に見下ろす俺の視線とぶつかる。次いで、頭部に感じる感触をたしかめたかと思うと、彼女はふるふると小刻みに全身を震わせた。
少しして、やっぱり顔が真っ赤になる。
「……ま、マリウス? こ、こここ、これ?」
ニワトリかな?
「どう見たって膝枕してるよな。気分はどうだ? 野郎の膝枕なんて、固くて面白くもないだろうが」
「膝枕!?」
叫んだセシリアが急に体を起こす。
「な、ななな、なんでマリウスに膝枕されて……」
今度はななな。ちょっと可愛いと思ったのは秘密だ。
「なんでって……セシリアが急に気絶するからだろ? そんなに嫌だったのか?」
「——嫌じゃない!」
「うおっ!?」
さがったと思ったら今度は詰め寄るように近付いてきた。逆に俺が後ろに仰け反る。
「嫌じゃない、けど……恥ずかしかった。ありがとうございます……」
「……どう、いたしまして?」
視線を逸らしながら言われるとこちらまで恥ずかしくなってくるから不思議だ。
またしても気まずい空気が流れる。
しかし、今度はセシリアのほうから静寂を切り裂いてくれた。
「ね、ねぇ、マリウス?」
「ん?」
「その……また膝枕してほしいって言ったら……嫌?」
「——え? そりゃあ別に構わないけど……」
「じゃあして」
短く言って、セシリアの頭が俺の膝上に落ちる。問答無用だ。許可を出していないのに乗せた。
「あと……頭も撫でてほしいわ」
「注文が多いことで」
やれやれ。ここまでしておいてまた気絶するのはなしだぞ?
そんな思いを抱きながらも、大切な未来のお嫁さん候補の要望を叶えてあげる。ゆっくりと、彼女の髪が痛まないように頭を撫でた。
恥ずかしそうに頬を赤らめるセシリアの顔に、嬉しそうな笑顔が見える。不思議と、俺まで笑顔になってしまった。
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