第147話 ちょっとお二人さん?

 あまりにも唐突な質問に、咄嗟に俺は言葉が出なかった。そのまま首を傾げていると、焦れたリリアがさらに続ける。


「ですから、セシリアに関しての質問ですよ! マリウス様は、私のことは幸せにすると言ってくれましたが、セシリアのこともちゃんと愛してくれるんですよね? あの時の言葉は嘘でないと、ちゃんと証明してくれますよね!?」


「あの時……というと、リコリットの村で話した内容か?」


「はい。マリウス様は、セシリアと結婚する気があると仰いました。なので、それを含めて洗いざらいセシリアに想いをぶつけてください! まず話はそこからです」


「えぇ……」


 お茶会なのに、いきなり俺の公開処刑がはじまった。


 ひたすら困惑していると、隣からくいくいと服の袖が引っ張られる。見ると、セシリアがこちらを見上げていた。


「セシリア?」


「その……ごめんね? マリウスには迷惑な話だってわかってるけど、私がどうしてもってリリアにお願いしたの。もっともっとマリウスの私に対する気持ちが知りたいって……」


「…………なるほどね」


 そういうことか。


 リリアの単なる暴走かと思っていたが、どうやら事の発端はセシリアらしい。整った顔に朱色を帯びて、恥ずかしそうに瞳を伏せている。


 こんな状態の彼女に、「実は前に言ったことは嘘なんだ……」とか、「恥ずかしいから言いたくない」とは言えなかった。


 それでもかすかに残った小さなプライドが、二人のまえで素直な気持ちを吐露するのを躊躇させる。


 ——くだらないプライドだ。


 男女の交際において、両者ともにプライドを見せるのは本当にくだらない。たぶん、別れる原因にもなるだろう。そういう連中を前世ではたくさん見てきた。


 そして、セシリアは俺に対してプライドを見せない。純粋に好意をぶつけてきてくれる。


 ならば俺も、彼女のそんな覚悟に応えるのが男ってなもんだ。


 同じように頬を赤く染めて、ごほんと咳払いをしてから言った。


「前にも言ったが……ちゃんと俺はセシリアとも結婚するつもりだよ。幸いにも、セシリアの家にはお兄さんとお姉さんがいるからね。アクアマリン公爵も、きっと俺らの交際を許してくれるだろう」


「う、うん。お父様は、別に文句のひとつもなかったよ。むしろ応援してる節もあるくらい」


 だろうな。


 アクアマリン公爵は、原作の頃から娘大好きの親バカだった。特に次女にあたるセシリアのことをひたすら可愛がってるのが画面越しにもわかる。


 それは現実になったこの世界でも変わらない。


 愛娘の相手に、自分でいうのもなんだか俺は合格点なんだろう。


「だから安心してくれ、セシリア。俺の恋人に順位なんてない。セシリアのこともリリアと同じくらい愛してみせる。その……だから……愛してる、よ?」


「マリウス……!」


 きらきらとセシリアの瞳が輝く。先ほどまでは憂鬱そうな表情を浮かべていた人物とは思えない。


 徐々に彼女の顔が近付いてくる。


 これはキスをされるな、と思った矢先に、セシリアとは反対側から「ごほんごほん」とリリアの咳払いが聞こえた。二人揃ってびくりと肩を震わせる。


「……お二人とも、私がいるってことを忘れてませんか?」


「わ、忘れてるわけないだろ? ちゃんと覚えてるよ。リリアも大好きだからな」


「そ、そうよ? …………ごめんなさい……」


 おいセシリア! 謝るな! 謝ったら忘れてたことを認めてるのも同然だぞ!


 その証拠に、こちらを見つめるリリアの瞳に剣呑な色が混ざる。目を細め、じろりと鋭い視線を飛ばした。


 いたたまれなくて顔を逸らすと、真っ赤な顔で俺を見上げるセシリアと視線が交差する。再び、俺と彼女のあいだで時間が止まった。しかし、一瞬で時間は無理やり進まされた。


「——マリウス様?」


「ごめんなさい」


 反射的にあやまる俺。どうやら俺も、セシリアに対して苦言を言う資格はなかった。


 本格的にこちらの内心まで見通しはじめたリリアは、「あはは……」と苦笑する俺とセシリアを見て、


「まったく……まあ私が話題を振ったわけですし許しましょう。でも、よかったですね、セシリア」


 と、やや呆れた表情を浮かべたあとで、女神みたいに優しく微笑んだ。


 セシリアも満面の笑みを見せる。


「……うん。これも全部リリアのおかげだよ。一緒に幸せになろうね」


「ええ。そのうちベッドに一緒に呼ばれることもあるかもしれませんね」


「リリアさん!?」


 いきなりの高速魔球にバットが空振った。


 目を見開いてなにを言ってるんですか!? と驚くが、セシリアが赤い顔のまま答える。


「そ、そうなの? そういうのもアリなの……?」


「アリですね。奥さんがたくさんいる人の中には、そういうのを好まれる殿方もいるとか」


「そう、なんだ……。でも、私……リリアとなら、いいよ?」


「私もセシリアなら恥ずかしくありません」


「あのー……お二人さん? そういう話題はせめて、俺がいないところで……」


 気恥ずかしさと気まずさで声がぼそぼそと小さくなっていく。


「なにを仰いますか! これはとても大事なことです! 夜の営みは、男女の交際において深刻な問題ですよ!?」


「そういう話じゃなくて、俺が恥ずかしいの! 気まずいの、わかる!?」


 なるべくわかりやすく必死にリリアに説明するが、その手の話に興味があるのか、なぜかセシリアまでリリアの味方をはじめる。


 話題が途切れたのは、それから一時間もあとのことだった……。


 年頃なのかね、これ。




 ▼




「————ということで、くれぐれも体の手入れを怠ってはいけませんよ、セシリア」


「ええ、肝に免じておくわ」


 ようやく終わった女性同士の猥談?


 両者に挟まれた俺は、逃げることもできずに話の当事者として一時間も付き合わされた。

すでにヒットポイントはゼロだ。げっそりとした表情で紅茶を飲む。


 すると、話を終えたリリアはおもむろに席を立ち、首を傾げる俺を見下ろしてから口を開いた。


 このタイミングで、




「それでは私は所用にて少々席を外します。ここから少しのあいだ、セシリアとイチャイチャしてくださいね」


 とんでもない爆弾を落として。

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