第146話 王女様からのお誘い
「ぽけ~」
なにもない夏休みの一日。
あまりの退屈さに、声から退屈っぽい感じの音が出るくらいには暇だった。
そこへ、部屋の扉がノックされる。
外からティルの声が聞こえてくると、入室を許可して彼女がトレイに乗ったティーカップ……と、一枚の手紙を持ってきてくれた。
「……ん? ティル、なにその手紙。もしかして俺の?」
「はい。王宮から届いた手紙です。差出人はリリア王女殿下ですね」
「リリアから?」
なんだろう、と思った俺は、ソファに沈めていた体を引っ張って起こす。姿勢を正し、ティーカップを置いてから、ティルより手紙を手渡される。受け取って封を切った。
「なになに……」
手紙には、綺麗な文字でこう書いてあった。
「——王宮の庭園でお茶会? リリアからの誘いなんて珍し————くもないか。でもお茶会……」
ふむ、と首を傾げる。
暇だし喜んで参加するが、なぜ俺を招いてお茶会? ただ単に、もうすぐ始まる学院への登校まえに時間がほしかったのかな?
勝手なイメージだが、お茶会で喜ぶのはたいてい貴族令嬢な気がする。男はあんまりしない……こともないか。呼ばれればする。
「王宮の庭園と言えば、美しい花々が咲き誇ることで有名ですね。そこで開かれるお茶会に招かれるのが、下級貴族の夢だとか」
「よく知ってるね。でも、花なんて見ても俺は大して面白いとは思えないな……。女の子にはずいぶんとウケるらしいけど」
「マリウス様も乙女心がわかってきましたね。……ところで、お茶会についてはどうしますか?」
「王族からの誘いを断れるわけないだろ? そりゃあ行くに決まってる」
「マリウス様なら許されるかもしれませんよ? 嫌なら嫌だと言えば」
「構わないとも。暇だったし、他でもないリリアからの誘いだ。三日後、王宮に来てほしいとさ」
手紙を封筒の中へと戻してグッと背筋を伸ばす。そしてソファから立ち上がると、
「今のうちに着ていく服でも選んでおくか」
と言って試着室に向かった。パーティー以外ではあまり使われない部屋だが、リリアが来るのではなく俺が王宮へ向かうのだから……正装は大事だろう?
▼
当日。
参加します、という返事を送ったからか、我がグレイロード公爵邸に一台の馬車が現れた。その馬車には、王家の家紋が入っているのに王族は乗っていない。
まさか俺を連行するために用意された地獄行きの馬車じゃないだろうな……と警戒しつつも、促されるように馬車へ乗り込むと、ほんの二十分ほどで王宮に到着する。
近衛騎士のひとりに、リリアがいる庭園の一角まで案内してもらうと、白亜のガゼボにはリリア以外にもうひとり女性の姿があった。それを視界に捉えた途端、俺は首を傾げて彼女の名前を呟く。
「セシリア……?」
俺に名前を呼ばれた彼女——セシリア・アクアマリンは、透き通るような青い髪を揺らしてにこりと笑う。
「こんにちはマリウス。会いたかったわ」
「なんでセシリアがここに?」
「もちろん私もリリアのお茶会に参加するメンバーだから。…………い、嫌だった?」
数日ぶりに見るセシリアの不安定さに、苦笑しながらも首を横に振る。泣きそうだった彼女がそれを見ると、ホッと胸を撫で下ろして安堵していた。
「歓迎するに決まってるだろ? それとも、俺はセシリアを追い出してリリアと楽しむような男に見える?」
「見えるわね」
「おい」
「ふふ、冗談よ。ごめんなさい。本当はわかってるの。マリウスが私に対してちゃんと優しくしてくれてるって。でも、それでも不安になるの……。マリウスに捨てられたら、私……きっと自殺するわ」
まって。
ちょっとまって。
久しぶりにここまで病んだセシリアを見た。最近は比較的おちついてる傾向にあったから忘れていたが、彼女も彼女でなかなかにぶっ飛んだ性格をしてる。
ある意味、攻撃型のリリアより厄介なタイプかもしれない。
慌てて俺は彼女の言葉を否定する。
「お願いだから死なないでくれ! 俺がセシリアを捨てるなんてことはありえない。むしろ、俺がセシリアに捨てられそうだ」
「それこそありえないっ!」
がばっ、と急に勢いよく下げていた顔を上げる。
俺はびっくりしてやや後ろへさがった。
「そうですよマリウス様。我々がマリウス様を捨てるなんて、世界が滅亡するくらいありえません」
「……そんなに?」
「ええ。そんなに、です。それより早く座ってください。いつまでもそこで立っていると疲れますよ」
「あ、そうだったな。隣、失礼するよ」
一言断ってから、俺はリリアの隣に座る。すると、リリアの隣……俺の反対側に座っていたはずのセシリアが立ち上がり、わざわざ俺の隣に座り直す。二人に挟まれた形だ。
「ではお茶会を始めましょう。と言っても、今日のお茶会は単なるお茶会ではありません」
「というと?」
俺が首を傾げると、リリアはにやりと笑って言った。
「マリウス様にお聞きします! ずばり……セシリアのことをどう思っているのか! いま一度、ハッキリしてもらいましょう!」
「…………はい?」
リリアの高らかな声と、俺のポカーンとした小さな反応。そして、隣に座るセシリアの「えへへ」という笑い声が、相反するように混ざり合った。
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