第145話 滲みだす邪悪

「~~~~~~!!」


 ドタバタと自室でラフラが暴れる。


 彼女は、つい十分ほど前にバレンタイン伯爵邸を出たリリアに対して、並々ならぬ怒りを抱いていた。


「なぜ! どうして!? 殿下はよくてなんでラフラは!!」


 手当たり次第にものを投げる。扉に当たった見るも無残な枕は、ぽとりと重力に従って床に落ちた。


 引き裂かれた枕の中から羽毛が飛び散る。しかしそれを無視して、ラフラは狂うように叫んだ。


「選ばれない? 叶わない? 周りを不幸にする……? なにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれなにそれ!?」


 金切り声がきぃきぃと響く中、乱暴にラフラは自身の髪を左右に激しく振り乱す。


 認められない認められないと騒ぎながらも、心のどこかでリリアに負けたと思ってる自分に嫌気が差す。それが余計にストレスを煽って癇癪が止まらなかった。


「お嬢様……落ち着いてください」


 たまらず部屋の隅に控えていたメイドのシーラが声をかけるが、いくら彼女の頼みでも、いまのラフラは簡単には怒りの矛先を下げられなかった。


「うるさいわね! ラフラが馬鹿にされたのよ!? 王女殿下……マリウス様の婚約者だからって、ラフラを見下して挑発したのよ!? ラフラこそがマリウス様と結ばれる運命だっていうのに……!!」


「お嬢様……」


 ぶつぶつとひとりの世界に入ってしまう主人を見て、ただただシーラは哀れむ。


 あの時のリリアの言葉は、決してラフラを見下すものではなかった。鋭い刃を向けこそしたが、中身はラフラへの温情に溢れていた。彼女の言うとおりラフラがマリウスから手を引きさえすれば、少なくとも最悪の未来は絶対に回避される。


 だが、いまのラフラにリリアからの優しさを認めるられるほどの余裕はない。


 ぬいぐるみを力いっぱいに地面に叩きつけ、涙を流しながら叫ぶ。それは怨嗟であったり悲鳴であったりとさまざまだ。


 父親であるバレンタイン伯爵がこの光景を見たら、と思ったシーラは、無駄だとわかっていながらもなんとかラフラの怒りを沈静化しようとする。


「どうか、どうか我慢してください、お嬢様。お嬢様がもっとマリウス様へ配慮できるようになったら、その時はきっと、マリウス様と結婚することだって……」


「………配慮?」


 ぴくりと、ラフラの動きが止まった。


 やや充血した瞳孔がゆっくりとシーラを捉える。メイドの肩が震え、不安を感じるほどの沈黙が少しのあいだ続いた。


 その時、シーラはたしかに思った。「まずい、このままだと次の標的にされかねない」と。


 しかし、彼女の考えとは裏腹にラフラは、シーラをジッと見つめたまま独り言を呟きはじめた。


「配慮……配慮、ね」


 もしかして自分の言葉が届いたのかも? と思ったシーラは喜ぶ。繰り返し「配慮」と呟くラフラは、なにを考えたのか次第に表情が明るくになっていく。


 不思議な不安がシーラの脳裏を過ぎったが、それでも急激に怒りを沈静化させたラフラは、その場から立ち上がるとメイドに短く告げた。


「シーラ」


「は、はい」


「お茶持ってきて。それと、部屋の片付けをお願い。ラフラは客間のほうに移動するから」


「……え? あ、わかりました……」


 無機質な声でそう告げると、乱れた髪を直しながらシーラは部屋から出ていった。散らばる部屋の中を一度だけ大きくぐるりと見渡して、ハァ、とシーラがため息をこぼす。


 それは、なんとかなってよかったというため息なのか、これから起こるかもしれない不安を現したため息なのか。


 この時の彼女は、自分の内心ですら把握しきれていなかった。




 ▼




 部屋から出たラフラは、真っ直ぐ長い廊下を突っ切って客間のほうへ移動する。


 そのあいだ、彼女は近くに誰もいないことを確認してから、邪悪な笑みを浮かべた。


 途中、陽光の差し込む窓から見える外の景色には、正面扉とそこから伸びる石畳の道が見えた。ほんの少し前まであそこをリリア王女殿下が歩いていたことを思い出し、どこか楽しそうに、どこまでも純粋に濁った瞳でラフラは囁く。




「くすくすくす……配慮がない人は、マリウス様も嫌いになるわよねぇ……?」


———————————————————————

あとがき。


同時刻にキャラクター紹介を載せました。

まずは一章に登場する五人です!


一章の末(66話の後ろくらい)に投稿したのでよかったら見てください。ほとんど意味はありません←

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