第144話 諦めてください

「あなたの想いは叶いません。絶対に」


 痛いくらいの静寂を切り裂き、リリアがラフラに告げる。


 言外に、「さっさとマリウス様のことは諦めなさい。実ることはない」と言われたようで、ラフラの顔がみるみる内に真っ赤に染まった。


 だが、相手は王族。いくら伯爵令嬢であるラフラでも、彼女に楯突けば家の家紋に傷が付く。最悪、反逆罪もありえる。


 両親と自分の輝かしい未来のために、彼女はグッと怒りを呑み込んだ。こめかみには青筋が浮かんでいるが、それでも冷静に、落ち着いた口調で言葉を返す。


「わ……私の恋が実らない、と? なぜ?」


「いまのあなたは、まともに恋愛ができる状態ではないからです。せめてもう少しまともになってマリウス様へアプローチしていれば……少しはなにかが変わったかもしれませんね」


「ッ……! わた、私は……!」


 ぎゅうぅっと拳が白く染まるほど両手に力がこもる。そんな彼女を見て、リリアは瞼を閉じてなおも淡々と続ける。


「気持ちはわかります。かつて私がそうであったように、ラフラさんの想いは痛いくらいに理解できます。それでも、あなたと私は決定的に違う道を歩んだ。それこそが現実で、変わらぬ結果です。だから諦めてください。その想いは、きっとあなただけじゃない、周りすら不幸にする」


「…………」


 さんざん心を抉られたラフラは、瞳を伏せてぷるぷると全身を小刻みに震わせた。しかし、王族への不敬を恐れてうまく言葉を出せなかった。そこには、ラフラなりの理解とリリアに対するたしかな憧れがあったから。


 わかってる。


 わかっている。


 ラフラとて、マリウスを困らせていることはうすうす察していた。それでも溢れる気持ちが止まらない。ときおり立ち止まり、過去を振り返ったところで、いまさらその気持ちを抑えることなどできなかった。


 むしろ、想いは時間をかけるほどに熟成されていく。


 狂うほどの愛しさが、他人に対する嫉妬心が止まらない。自分だって、愛を囁かれたいし抱きしめてほしいのに、と。


「——先に言っておきますが、私はあなたのことがそこまで嫌いではありません」


 次いで飛び出した言葉に、ラフラが顔を上げる。


 この人はなにを言ってるんだ? とばかりにリリアを見ると、彼女の表情はどこか哀しみを滲ませていた。


「あなたは私の鏡。マリウス様に選ばれなかった私。ただ一点、リリア・トワイライトが王族か否かの別れ道。それも、一歩間違えていればどうなっていたことか……。だから、願わくばあなたにも幸せになってほしい。けど……」


 そこで言葉をいったん区切る。


 リリアの瞳に再び剣呑な眼差しが戻った。


「あなたはやりすぎた。自分以外の存在を認められなかった。すべてを敵に回してしまった。だから、ここで退いてください。あなたが大切にする感情が、想いが、いずれあなた自身を苦しめ陥れるでしょう」


「……リリア、王女殿下……」


 つくづく似ているとリリアは思った。


 お互いにマリウスに助けられ、片や王族ゆえに婚約者に内定する。片や格下の伯爵令嬢だったから、婚約者候補で止まり結ばれない。


 リリアは暴力と嫉妬を向けこそしたが、そこには彼女なりの愛があり他者の想いも尊重した。なによりリリアとて、マリウスに寄り添おうとした。


 しかし、ラフラは尊重できなかった。自分以外の同性すべてを妬み、自らの意思を優先してマリウスに寄り添おうとはしなかった。


 それだけの差。


 それほどの差が、二人のあいだにはあった。


 分かたれた道はいまさら交わることはないのかもしれない。もしかすると、彼女が本気で厚生すれば……と思うが、様子を見るかぎりそれは難しいだろう。


 最後にジッとお互いに見つめ合ったのち、リリアは紅茶をぐいっと一気に飲み下し、柔らかなソファから立ち上がる。


「それでは、私はこれで失礼します。もう話したいことはすべて伝えたので」


 そう言うと彼女はゆっくりと部屋の扉の前まで歩みを進めた。


 だが、ふと扉の前で足を止めると、頭を下げるメイドの横から、




「ああ、それと……くれぐれも気を付けてくださいね。マリウス様に迷惑をかけ続けるなら…………後悔することになりますよ」


 捨て台詞を告げて、部屋から消えた。


 取り残されたラフラは、ぷるぷると震える手でティーカップを掴むと、勢いのままに壁へ叩きつけてから奥歯を強く噛みしめた。睨むようにリリアが消えたあとの扉を睨み、哀しげに無言を貫く……。


 リリアの想いは、届かなかった。

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