第142話 よろしいならば!
ラフラが現れた翌日。
我がグレイロード公爵邸に、リリアが姿を見せる。事前に来ることは聞いていたが、ラフラの次とは実に都合がいい。
豪奢な馬車から降り立った金髪の少女を見ると、なぜだか久しぶりに安堵の息が漏れた。
燃えるような情熱の宿る赤い瞳が、柔らかく細められた。
「こんにちは、マリウス様。本日はいい天気ですね。グレイロード公爵邸の中庭でお茶を飲めば、さぞ気分がいいことでしょう。どう思いますか?」
遠まわしでもないお茶への誘いに、「先に言われちゃったな」と苦笑しつつも素直に答える。
「そうだね。俺もリリアと同じことを思っていたところだ。よければ、我が屋自慢の中庭でお茶でもいかがかな?」
「よろこんで」
おかしなの茶番を繰り広げてから、俺とリリアは中庭へと向かった。外なら彼女の護衛騎士も、臆することなくリリアを見守ることができる。それに、今日は本当にいい天気だ。彼女の言うとおり、陽射しの下でお茶でも飲めば、昨日感じた悪い予感などたちまちの内に消え去ることだろう。
白塗りのテーブルと椅子が用意された一角に歩み寄り、リリアとともに席へ座る。
ティルが、紅茶とお菓子の準備のために邸内へ戻るのを見送って、リリアと他愛ない会話で盛り上がった。
「……そう言えば、リリアは俺を探しにわざわざ王都を出たけど、それについては国王陛下たちは何も言わなかったの?」
ふと気になっていたことを尋ねる。
彼女は満面の笑みで答えた。
「もちろん怒られましたよ。護衛もなしに、第三王女が外に出るだと!? なにかあったらどうするんだ! せめて護衛騎士くらいは連れていきなさい! って」
リリアが父である国王陛下の真似をするが、実際はもっと怖かったに違うない。
「だろうね……。発端である俺がいえた義理じゃないけど、リリアは王女なんだからあまり周りに心配かけると、王宮から出れなくなるよ」
彼女の後ろに立っていた騎士のひとりも、うんうんと首を縦に振る。
「だって……絶対にお父様には止められると思っていたし……。それに、馬車の護衛には、冒険者の方々がいました! 私だって魔法が使えます! 盗賊のひとりや二人くらい……」
「——ダメだよ。次からは絶対に俺も許可しない。今回は俺のせいだったからあまりうるさくは言えないけど、次にもしリリアが外へ行くようなことになったら……」
「な、なったら?」
ごくり、とリリアが生唾を飲み下す。
神妙な面持ちでこちらを見つめた。
彼女には悪いが、不敵な笑みを浮かべてはっきりと告げる。
「——必ず俺が同行する。何がなんでもリリアを守ってみせるよ。たとえ、昔話に出てくるような竜が相手でもね」
「マリウス様……!」
我ながらキザな台詞に、しかしリリアはきらきらと瞳を輝かせる。
だが、背後に控える騎士たちは、「違うそうじゃない」と言わんばかりの表情を見せた。けど許してくれ。彼女の暴走を事前に抑えることは不可能だ。ならば、事前に、「俺も協力するから声くらいは掛けてね?」と釘を刺しておいたほうがマシだと思う。
リリアを守るという言葉に、嘘も偽りもないしね。
「では、私もマリウス様の妻として、迫るケモ……令嬢方から、マリウス様を守ってみせます!」
「いま獣って言おうとした?」
「お任せください!」
ガチのスルー。
これは絶対、令嬢たちのことを獣って言おうとした。俺にはわかる。
少し前、リコリットの村で彼女に告白して以降、かつてのような腹黒リリアはすっかりなりを潜めている。
その反面、俺の婚約者から妻を自称するようになった。加えて、おいたをするどこぞの聖女にさらに厳しくなった。
……矛先がこちらに向かなくなっただけで、むしろ前より酷くなってる?
ま、まあこれはこれで可愛いから知らないフリをしておこう! いくらなんでもリリアが問題を起こすとは考えられない。
……あ、そうだった。問題と言えば、だ。
「……じゃあ、リリアにひとつだけ相談しようかな」
「え? 相談、ですか? なんでしょう。マリウス様からの相談なら、なんでも真剣にお答えしますよ」
他の人の相談は真剣じゃないの? とか言ったらダメだよね。我慢しよう。
一度だけ大きく咳払いをしてから、昨日の記憶を呼び覚ます。
「実は……」
端的に、ラフラとの一件を話した。
最後まで内容を聞いたリリアは、それまで浮かべていた満面の笑みを消す。途端に真顔になって、剣呑な眼差しに変わる。
普通に怖い。
「なるほど……前にさんざん注意して、つい先日も忠告をしたというのに、舌の根が乾かない内からマリウス様に迫るとは……」
「迫ってはいないけどね」
「許せませんね。妻として、今回の件は直接バレンタイン伯爵に抗議しましょう!」
「聞いて?」
どうして俺の周りには、人の話を聞かない奴ばっかりなんだろう。
俺が人の話を聞かないからか……。
「早速、今日にでもバレンタイン伯爵へ手紙を送ります。あとは私にすべてお任せください」
「待って待って! そこまで
「子供を監督し、正しい道へ導くのが親の役目です。自分は関わっていないから、と主張するのは少々無理があるかと」
「そりゃあまあ、そうだろうけど……。なにもそこまでしなくても、俺は気にしてないよ。ちゃんとこっちの気持ちは伝えたし」
「——それで諦めるとでも?」
「え?」
リリアの姿が、昨日のティルと被る。
再び浮かべられた笑みは、明確に先ほどとは意味が異なっていた。ぞくに言う、目は笑ってないやつ。
いっそ恐ろしいまである彼女は、そのままの顔で続ける。
「……仕方ありませんね。マリウス様のために私がひと肌脱ぎましょう。バレンタイン伯爵ではなく……私自らが、ラフラさんとお話します!」
修羅場の予感がした。
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