第141話 不敵で不気味な彼女

「ラフラ……?」


 柵の外側に、見覚えのある格好の少女が立っていた。


 思わず席から立ち上がると、そばで控えていたティルが首を傾げる。俺は端的にティルに説明した。


「ティル……あそこにいるの、俺の見間違いでなきゃラフラ・バレンタインに見えるんだけど……」


「——え? ……あ、本当ですね」


 遅れてティルも、俺の視線の先を追って彼女を見つける。


 あの黒と灰色のツートンカラーは、遠目からでも見間違えるはずがない。


 どうするべきかティルに尋ねる。


「このまま無視……するのは無理かな? いや、俺としては見ないでほしいんだけど……」


「追い払えばよいかと。こちらは向こうのバレンタイン伯爵家より格上の貴族ですし、そもそも、接見禁止の言葉を盾にすれば正当性が認められます。護衛の方に通報して帰ってもらいましょう」


 ティルが実に魅力的な提案をしてくれる。このままだと埒があかないし、俺としてもずっと遠くから見られるのは困る。


 しかし、ラフラの問題行動の原因は当人である俺だ。自分で言うのも恥ずかしいが、愛ゆえの暴走なのだ。


 ——と、甘い考えが脳裏を過ぎる。恐らく昔の俺なら、彼女を簡単に切り捨てられたんだろうが……いまの俺には、捨てられた子猫みたいなラフラに冷たくできない。これも、過去の騒動がすっかり風化した影響だろう。


 迷った末に、彼女がなにを狙っているのか知りたくて、しぶしぶ対談を申し出ることにした。


「……いや、少しだけ話してみるよ。もしかすると、もう俺のストーカー行為をやめてくれるかもしれないし」


「本気で仰っているんですか?」


 ティルが信じられないものを見る目で俺を見る。そこまで意外だったかな……?


「例えば……例えばの話ですが、リリア王女殿下を例に出しましょう。殿下にマリウス様が別れ話を切り出したとすると……?」


「ダイナミックな自殺かな?」


「リリア王女殿下が、マリウス様からそう告げられて、あっさりマリウス様と別れるとでも?」


「それ以前に普通に刺されそうなんだが?」


「別れないと思うでしょう? そうなんです。本当に相手のことが好きなら、その方は想いを簡単には捨てられません」


「人の話を聞け」


「なので私は、マリウス様の意見に反対します。また問題があったらどうするんですか? リリア殿下も怒りますよ」


 まるで子供に言い聞かせるように彼女は淡々と正論を述べていく。


 だが、それでも俺は譲らない。


 学院に入学してからはわりと大人しかったし、もしかすると、彼女の中で俺へのスキンシップ? に対する意識が変わったのかもしれない。そう思うと、「気持ち悪いからさっさと追い出せ!」みたいなことは言えなかった。


 まあ、彼女のことを本当に想うなら、それくらいはっきりと苦言を述べたほうがいいんだろうが……キツイわ、正直。


「平気だよ。少し話すだけだし、敷地内には入れない。あくまで柵越しにね」


「……そこまでしてラフラ様と話したい理由は?」


「はっきりと俺の気持ちを伝えたほうがいいかなって」


「ラフラ様の想いを、拒絶すると?」


 言い方よ。


「……悪く言えばそうだな。良く言えば、前を向いて歩いてほしい。ある意味で、彼女をあんな風にしたのは俺だから」


 その責任を取らないで逃げ出したのは俺だ。


 せめて、辛くとも止めは自分で刺さないといけない。そうしないと、きっと彼女も前を向けないはずだ。


 そう言って歩き出した俺の後ろに、ティルが並ぶ。小さく、「絶対に面倒なことに……」とぶつぶつ文句を垂れているが、彼女はラフラをなんだと思っているんだろうか?


 彼女は意外と普通の女の子…………だと思いたい。


 わりとぶっ飛んだ記憶が脳裏を過ぎり、思わず、「早まったか?」なんて考えてしまう。

 そんな思考は、首を左右に振ってかき消す。


 そして、ラフラとの距離が残り数メートルまで縮まる。その間、ラフラは離れずジッと俺のことを見つめ続けていた。


 ごくりと喉を鳴らして口を開く。


「や、やあ、ラフラ。接見禁止のはずの君が、どうしてこんな所にいるのかな?」


 努めて冷静に声をかけると、ラフラはゆっくり頭を下げた。


 次に顔を上げる頃には、妖艶さすら感じさせる不敵な笑みを浮かべていた。


「こんにちは、マリウス様。ふふふ。あくまでわたくしが両親から言われたのは、マリウス様への接近です。こうして離れたところから見守る分には、問題ないでしょう?」


 いや普通に問題大ありです。


「それなら次からは、バレンタイン伯爵にストーキング行為の禁止も伝えておくよ。それでいいだろ?」


「酷いですわ……こんなにもマリウス様をお慕いしているというのに……」


 よよよ、と明らかな泣き真似を見せる。


「ただ慕うだけならいいけど、他の女の子に嫌がらせしたり、悪質な手紙やプレゼントを寄越すのはどうかと思うよ。……この際はっきり言わせてもらうけど、君の気持ちは迷惑だ。君の想いに答えられない」


 言い切った。濁すことなく。


 しかし、その言葉を聞いてもラフラの表情は変わらなかった。相変わらずなにを考えているのかわからない顔で、自らの本心を巧みに隠す。


「……ふふ、そうですか。では、嫌われてしまいましたのでわたくしは帰ります。また学園で会いましょうね、マリウス様」


 これっぽっちも反省する気がないのか、ぺこりと平然に頭を下げて、ラフラはその場から立ち去っていった。


 その不気味とすら思える態度の中には、一体どんな思惑があるのか。


 ラフラの姿が見えなくなるまで、その背中を見送る。いつの間にか、手のひらはじんわりと汗ばんでいた。




 確証はないが、少しだけ…………嫌な予感がする。

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