第137話 好意と悪意
「せ、接見禁止……? どういうこと、それ」
リリアが発した衝撃的な発言を聞いて、セシリアが驚愕を浮かべながらも目の前の幼馴染に尋ねる。するとリリアは、ラフラのほうを見つめながら淡々とした口調で答えた。
「そのまんまの意味ですよ。彼女ラフラ・バレンタイン伯爵令嬢は、かつてマリウス様の婚約者候補にその名が挙がりましたが、たび重なる迷惑行為により接見禁止を言い渡されています。たしか、五十メートル以内に故意に近付くこと、会話することが禁じられていたはず」
「えぇ……そこまで徹底して彼女を遠ざけようとするなんて、あなた……一体なにをされたの?」
「あ、あはは……まあ、いろいろだよ、いろいろ」
山のように積み重なるラフラのラブレター。体の一部(唾液、髪、血、爪、謎の体液)が入ったお菓子。毎日のようなストーキング行為。少しでも話したことのある格下令嬢への嫌がらせなどなどなどなど……。
ぱっと思い出しただけでもかなりヤバイことをされたが、それをいまここでセシリアたちに話すのは憚られた。彼女は悪質な人間だが、それでもそこにはたしかに俺への愛情があった。すべてを否定したらラフラ自身が可哀想になる。
「それより、久しぶりだなラフラ。本当はこんな風に話しちゃダメなんだろうけど……いろいろあっていまの俺は過去を顧みるチャンスを得た。だから、一言だけ君に謝らせてくれ」
「謝る……? マリウス様がラフラに謝ることなんて何ひとつありませんよ? ラフラはマリウス様のもの。たとえ殴られようとそれは愛なのです」
女性を殴るの? と言わんばかりの表情でヒロインたち全員が俺を見る。慌てて俺は首を横に振った。しないよ、そんなこと。
「それが愛情なのかどうかは置いといて……俺が謝らなきゃいけないのは、ラフラに対して不誠実だったことだ。ちゃんと君を見て正面からその想いを断るべきだった。そこまで君を変えてしまった者の責任として……今度こそ、はっきりと伝えよう。俺は、リリアが好きだ。そして君のことは知り合いくらいにしか思っていない。ごめん。その想いには応えられない」
それだけ言って俺は視線を外すと、真っ直ぐに自宅を目指して歩き出した。
後ろからはなにも声は聞こえなかった。
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しばらく通りを歩いて中央広場まで行くと、そこでいよいよリリアたちが口を開く。
「あの……マリウス様?」
「ん? なに」
「よかったんですか? あんなにハッキリと彼女の気持ちを否定しても……」
「ああ……否定したつもりはないよ。ただ、これからは曖昧な態度はしない。リリアに想いを告げた以上は誠意を持って応えるつもりだ。だから、やっぱり俺はラフラの気持ちには応えられない」
あれでよかったんだ。いつまでもラフラの人生を俺が縛るわけにはいかない。恨まれ、憎まれるかもしれないがそれでいい。彼女が前に進めるように、他の異性へ目をかけられるようになればそれでよかった。
最低だと蔑まれる覚悟すらしていたが、リリアはフッと笑って俺の腕を抱きしめる。
「記憶が戻りずいぶんと男らしくなりましたね。前のマリウス様とはぜんぜん違います」
「昔の俺のほうがよかった?」
「いえ。いまのマリウス様もとっても素敵ですよ。まあ、すでにセシリア以外の女性から多くの好意を貰ってますけどね」
そう言うとリリアの視線が背後に向く。フローラやアナスタシアたちのことだとわかると俺は額に汗を滲ませた。
「うぐっ……彼女たちはほら、昔から仲がいいから……。俺が決めるラインはとうに超えてるよ」
「ふうん……変なところで臆病なのは変わりませんね。でも、マリウス様らしいと思います」
「嫌な評価だねぇ……」
すっかりヘタレキャラが板についたものだ。
半ば二人きりの世界を展開する俺たちに、およそ五分ほどでセシリアから中断の質問が投げられる。イチャイチャするのはまた今度らしい。
「ちょっと……イチャイチャしてるところ悪いんだけど、ひとつだけ聞きたいことがあるの。いいかしら」
「聞きたいこと?」
「リリアにね。さっきのラフラって子に関して」
「なんでしょう」
「マリウスははぐらかしたけど、私は気になるわ。一体あの子はマリウスになにをして接見禁止なんて言い渡されたの?」
「ああ……それですか。そうですね。隠したところで調べようと思えば簡単に調べられますし……お話しましょう」
「リリアさん?」
さすがにそれは、と俺が口を挟む。しかし、反対側の腕をセシリアに組まれ胸を押し付けられると、「黙ってて!」と言われてるようでそれ以上文句を言えなかった。
くそう。柔らかい……。
俺の緊張など気にせず、リリアがゆっくりと語り始める。
「まずは、初めてマリウス様に彼女が送った手紙の件を…………」
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