第136話 地雷系女子

「ら、ラフラ……?」


 それはたまたまだった。たまたま、彼女の声が聞こえた。俺に対しての言葉ではなく、恐らく独り言の類。しかし、それを拾い視線を横に動かした俺と同じく、彼女——ラフラ・バレンタインもまたこちらへ視線を動かした。


 運命という名の悪戯が、久しぶりに彼女と俺の縁を繋げる。


 リリアが本気で怒り狂った時と同じくらいの深淵みたいな瞳をぱちくりと何度か瞬きさせて、ラフラのほうも俺に気付いた。能面みたいな感情の読み取りにくい表情に、徐々に喜びの感情が湧き上がっていく。


 そして意外にも可愛らしい声で彼女は言った。


「もしかして……マリウス様!? ああ、こんな所でお会いできるなんて……まさしく神様からのプレゼントですねっ」


 頬をわずかに蒸気させたラフラが、艶のある声できゃーきゃーと叫ぶ。前世でいう地雷系女子っぽい雰囲気のラフラは、薄幸そうな外見に似合わぬ声の高さをしている。声だけ聞いたら男が好きそうな感じの、いかにも守ってあげたい系の声質だ。


 昔はいまほど根暗な見た目ではなかったため、彼女はそれなりにモテた。伯爵家の名前も含めて人気者だったのだが……をきっかけに、ラフラの中で男性は俺しかいないことになってる。


「どうでしょうマリウス様。よかったら一緒にお茶でもしませんか? マリウス様のためならお店ごと買い占めてきますけど……」


「結構です」


 ラフラの提案を拒否したのは俺じゃない。その隣に並ぶ金色髪の少女————リリア・トワイライトだった。


 普段の穏やかな表情を消し去り、どこか警戒するような鋭い視線でラフラを睨む。


 ラフラもラフラで、リリアの登場に目を細めて機嫌をわかりやすく悪くした。


「……リリア王女殿下もご一緒でしたの。それは……残念ですね」


「ええ、残念ながら私がいるので遠慮してください。というより、あなたのお願いが受け入れられるとでも思っているのですか?」


 リリアが冷たくそう言い放つ。ラフラは首を傾げて頭上に≪?≫を浮かべる。彼女が前に俺に対してなにをしたのかもう覚えていないのだろうか?


 ……いや、彼女の場合は忘れない。覚えていて、そのうえであの態度なのだ。どこまでも悪びれない、そもそも自分が悪いとすら思っていない。悪意にも匹敵するほどの純粋さを彼女は持っている。


「まるでラフラが悪人のような言い方をしますね……哀しいです。ラフラはただ、愛ゆえにマリウス様に迫っただけのこと。運命に選ばれたラフラとマリウス様が付き合い結婚するのは当然のことでしょう? むしろ運命に選ばれたラフラたちを誰も邪魔することはできません。いずれ必ずラフラたちは結ばれます。そう運命によって、神様によって決められているんです。それを否定することはこの世界の否定にも繋がります。ああ、マリウス様はもちろんわかっていると思いますが、その辺りのことを理解できない方もいると思うので一応は説明しておきますね。たとえ婚約者候補という肩書きが消えてもマリウス様への愛情と赤い糸は繋がったままです。ラフラはマリウス様と添い遂げ、愛を積み重ね、その結果に子供を産むのです。きっとマリウス様の子供であれば才能に溢れた素敵な子になるでしょう。そこに少しでもラフラの要素があればなお嬉しいです。だいたい————」


「す、ストップ! ストップだラフラ!」


 ヒートアップしていくラフラの独り言をたまらず途中で止める。彼女が俺と関わったせいでおかしくなった一旦が出始めた。あれはかなり長い。止めないと自分が満足するまで永遠に彼女は話し続ける。


 残念そうに口を閉じたラフラは、しかし改めて俺を見ると笑みを浮かべて再び口を開いた。


「あら……まだ言いたいことはたくさんあったのに……。なるほど。マリウス様とラフラは以心伝心。言わずとも理解してくださるのですね。ラフラは嬉しいです! ラフラもマリウス様のことは誰よりも————」


「いやほんと、話が進まないから止まってくれ頼む……」


 悲痛な面持ちで必死にそう懇願すると、ようやくラフラは「わかりました」と言って静かになる。それを見計らったリリアが、「そもそも」と前置きしてから彼女の核心を突いた。




「そもそも、さも当然のようにマリウス様をお茶に誘いましたが……あなた、グレイロード公爵とご自身の両親からを言い渡されてますよね?」

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