第135話 帰還、そして邂逅

 時間が流れる。


 リリアと軽く挨拶を交わした俺は、その後、目を覚ましたヒロインたちに帰りの支度を手伝ってもらい馬車の荷台に乗る。


 隣をリリアが固め、正面にティルが座る。


 ちらりと荷台から見える外の景色を眺めていると、無慈悲にも馬車は動き出した。見送りはいらないと事前に言っておいたおかげでその場には誰もいなかったが、徐々に村から離れていくとその分だけ寂しさが募った。


 王都に比べれば住みにくいしなにもない。不便で草木が生い茂り、魔物に怯えないといけない暮らしだったが、それでもマリウスには大切な生活だった。王都にいるだけでは決して経験できなかった思い出だ。


 心の中で村長や奥さん、ネアたちに別れの言葉を告げて視線を正面に戻す。


 すると、それを見計らって隣に座るリリアが声をかけてきた。


「さて……それではマリウス様、いろいろと思うところはあるでしょうが、出立を哀しむのは後でお願いします。いまはそれより大事なお話がありまして……」


「大事な話?」


 首を傾げながらオウム返しすると、リリアはやや瞳を細めてから低い声で言った。


「ええ、ええ。とても、とっても大事なお話です。……今朝、ひとりで会っていた女の子のことを詳しく説明してください」


「今朝……って、ネアのこと?」


「はい。あの紫髪の女の人です。話よると妹さんもいるとか」


「説明するもなにも、ただの一緒に外で獣を狩ってたってだけの関係だよ。そこまで説明するようなことはない」


「だそうですが、なにか心当たりはありますか? ティルノア」


 俺がなにもないって言ってるのに、リリアは視線を正面のティルに移す。攻撃的な行動に出ないだけまだ告白した甲斐はあったのかな? 信用は相変わらずゼロだけど。


 尋ねられたティルは、少しだけ俺の顔を見ると、気まずそうな表情を浮かべて視線を逸らした。それが答えだった。


「やはりなにかあったんですね……詳しく教えてください」


「ねぇリリア……紫髪の女の人ってなんの話?」


「お姉ちゃんも気になる」


「僕も」


 おっと。リリアがオープンに俺の秘密? をべらべらと喋るものだから、席に座る他のヒロインたちまでもが話に食いついた。


 これはまずいと本能が警鐘を鳴らすも、残念ながら俺にリリアの口を封じる手段と覚悟はなかった。


「そう言えばまだ伝えてませんでしたね。実は……」


 とリリアが隠すことなく今朝見たことを全員に話す。


 対面に座るティルが、「ああ……あの二人のことがバレてしまったんですねマリウス様……」という悲痛な顔で俺を見る。


 話を聞き終えると、「私たちも聞きたい」とのことで公開処刑みたいな状況になった。


 ガタガタと揺れる馬車の荷台にて、俺はどうにか言葉を選びながらネアやルシアのことを説明する。口が裂けてもキスした件は言えなかった。




 ▼




 ある意味で波乱に満ちた道中を一週間ちょっとで乗り越える。懐かしの王都の外壁が見えてくる頃には、すっかり外での暮らしにも慣れていた。


 しいて言うなら、宿に泊まる度にじゃんけんで俺と一緒に寝ようとしないでほしい。代わる代わるさまざまなヒロインたちと一夜を共にするのは、精神的にも肉体的にも辛かった。もちろん一番辛かったのはフローラがじゃんけんで勝利した時だ。


 リリアが鎖で彼女をぐるぐる巻きにし、その上でもうひとりのセシリアが見張ることでなんとか無事に朝まで乗り切った。目を覚ました時、油断したセシリアのガードをすり抜けて俺の上に鎖を解いたフローラが座っていた時は、本気で顔が青くなった。けど無事だ。叫んだ俺の声に反応してセシリアが助けてくれた。普段は精神の揺れ幅がすごいのに、俺のピンチには全力で助けてくれるセシリアにちょっと惚れそうになった。


 そんな感じでようやくに王都に到着する。巨大な門を潜った先には、およそ一ヶ月ぶりの光景が広がっていた。


「……帰ってきたんだな」


 俺が呟くと、リリアが笑みを浮かべて頷く。


「ええ。そうですよ。まずは早々に自宅へ帰ってご両親に怒られましょうね。恐らく仕事で出かけているでしょうが、使用人たちくらいは安心させてあげてください」


「りょ、了解……」


 あまり気は進まないが、荷台から降りて荷物を片手に歩き出す。目指すは北にあるグレイロード公爵邸だ。リリアの提案で自宅までは徒歩で向かう。賑やかな周囲の光景を瞳に焼き付けながら、俺はのんびりと商業区域を真っ直ぐに歩いていく。


 ——ああ、あそこにはなかなか美味しい店が。あそこには面白い道具が。あそこには……とらしくない感想を口にする。それを律儀に全部リリアたちが拾ってくれた。彼女たちも俺が戻ってきてくれて嬉しいのだろう。全員が最後まで付き添ってくれるらしい。


 会話も弾みやがて南の商業区を過ぎる。そのあたりで、ふいに、横から聞き覚えのある声が聞こえた。本当に、かすかに引っかかるくらいの声色だった。


 一瞬で反射的に凍った背筋を動かしながらそちらへ視線を向けると……二十メートルほど離れた所に、黒と灰色のツートンカラーな長い髪を伸ばしたひとりの少女を発見する。お互いの視線が交差し、俺は顔を引き攣らせ、彼女は満面の笑みを浮かべた。


 思わず蘇る記憶とともに彼女の名前を呟く。




「ら、ラフラ……?」

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