二人の婚約者編

第132話 最後の夜

 俺ことマリウス・グレイロードは、公爵家の人間だ。容姿、才能、家柄のすべてを持って生まれた。


 しかし、そんなマリウスに足りないものは誠意だった。本来のマリウス・グレイロードは、この世界の主人公とヒロインたちのイベントにことごとく介入した挙句、その仲を引っかき回すような悪党だった。


 けれどいまのマリウス・グレイロードの人格には、地球と呼ばれる世界で平凡な学生として過ごしていた灰葉瞬という男の記憶と人格が宿っている。それゆえに、ヒロインたちの邪魔をするつもりはなかったんだが……。


 リリアにセシリア、フローラにアナスタシア。


 名だたるヒロインたちを攻略し、おまけにティアラやフォルネイヤ・スノーという謎のヒロインにサブヒロインまで俺を追いかけてくる。そこに恋愛感情があるのかは不明だが、それでも俺はずいぶんと遠いところまで来てしまった。


 リリアを抱きかかえ、「わたしもわたしも!」と叫ぶヒロインたちから逃げながら、ふと、俺はこれまでの人生を短く振り返ってみる。


 どう考えても自分が悪い。それはわかる。わかるが、それでも認めにくいものはある。


 これでよかったのかな? 俺の人生は、最初からリリアのそばに落ち着くように出来ていたのかな?


 こちらを見上げるリリアの赤い顔と視線が交差する。柔らかく微笑んだその笑顔に、つっかえていた疑問など霧散した。


 ——そうだ。これでいい。これがいまのマリウス・グレイロードらしい人生だ。


 リリアを選び、遅くなったが彼女を幸せにするという決断は間違っていない。


 徐々に背後から聞こえていた姦しい声がなくなると、一度だけ後ろを振り返ったあと足を止める。さすがに人をひとり抱えて走るのは少しだけ疲れた。リリアを下ろし、「ふう」とひと息つく。


「なんとか逃げ切れたな……悪い、急にリリアのことまで連れ出して」


 俺が素直に謝ると、リリアはふるふると首を左右に振ってそれを否定した。


「いいえ、いえ。構いません。マリウス様が私のことを選んでくれた……それだけで胸がいっぱいです。我々は婚約者ですが、先ほど初めてお互いの心が通じ合ったような気がします。ありがとうございます、マリウス様。どうか、これからも私のことを攫ってください。リリアはマリウス様のものですから」


 そう言うと彼女はぴたりと俺の胸元に寄り添う。柔らかな感触が前面に伝わり、リリアの温度が流れてくる。


 前の俺なら焦って彼女を離しにかかるが、覚悟を決めたいま、そんな野暮なことはしない。


 陽光を吸い込んできらきらと光るリリアの艶やかな金髪を指でなぞる。するすると隙間に差し込み、次いで、もう片方の手で彼女を抱きしめた。互いの心臓がうるさいほどの鼓動を刻む。恥ずかしいような、嬉しいような、そんな複雑な気持ちを抱いた。けど、たしかにわかるのは……。


「……幸せだな」


「ええ。幸せです」


 お互いに脳裏に浮かんだ感想は同じだった。そのまま頬を撫でる優しい微風に体をあずけ、しばらく近くにそびえる樹木の木陰で休む。ヒロインたちに見つかるまでに、片手では数え切れないほどのキスを交わした。




 ▼




 その日の夜。


 リリアとイチャイチャしていると、フローラに腰にしがみ付かれて大変だった。必死にズボンを下げようとしてくる彼女がリリアに連行されると、「隙あり!」と言わんばかりに今度はセシリアとアナスタシアにくっ付かれる。


 二人は俺を前後で挟むと、言葉少な目でただひたすらゼロ距離でサンドイッチしていた。


 俺が「暑くない?」と尋ねると、揃って「平気」と返してくる。乱暴な真似はしたくなかったので自由にさせたが、そのあとで問題は起きた。


 その問題とは、誰がマリウスと一緒に寝るか、というもの。


 六人全員がマリウスが泊まる家で一夜を過ごすと宣言。かといってベッドに寝れるのは多くても三人。残りのメンバーは床に布団を敷いて寝るしかない。あとは寝るだけで終わりかと思っていたのに、そこで仁義なき争いが勃発する。


 まず我が物顔でさも当然のようにベッドに横たわるリリア。俺の手をくいくいと引いてきたので隣に並ぶと、フローラがビー○トモードを発動。「ずるいずるいずるい!」と駄々っ子みたいにセシリアが叫び、気付いたら残り一枠を奪っていたアナスタシアにぴたりとくっ付かれる。


 片や出遅れたティアラは、フォルネイヤに「私たち二人で挟めばやりたい放題だよ! フォルなら一緒でも嬉しいし……」と顔を赤くしながら爆弾発言を投下。気まずそうに苦笑する彼女を引っ張り、騒動に突入。幸いにも王都と違って家同士が離れるため騒音被害で訴えられることはないが、就寝時間までのあいだ、これまでで一番騒がしい時間を過ごす。


 最終的に殴りあう寸前までいきそうになった彼女たちを俺がなだめ、じゃんけんによって勝敗は決した。


 見事俺の隣を挟んだのは、アナスタシアとティルだった。


「ティルまで参加してたのか……」


「マリウス様のメイドとして、節度は必要ですから」


「抜け駆けしておいてどの口が……」


 ぼそりと憎たらしそうにリリアが呟く。ティルは気にせず俺の隣に寝転んだ。反対側にアナスタシアが座る。


「それじゃあ寝るぞー。明日は早いんだから夜更かしするなよ」


 そう言って明かりを消す。


 この村に滞在するのは今日で最後だ。噛み締めるようにベッドへ転がり、いまでは見慣れた天井を仰いで、ゆっくりと瞼を閉じる。











「フローラさん、鎖の音がうるさいです。寝返りを打たないでください」


「王女殿下がやりましたよね!? 酷いよ~……」


「妥当な判断ね……」


「セシリア様まで!?」

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