第131話 やっぱり俺は……

 恐らく二度の人生で初めての本気告白。


 これまで俺は、彼女たちに好意を告げられても自分の想いは口にしてこなかった。口にすることで認めるのが怖かった。彼女たちほどの想いの強さがない自分を卑下し、リリアたちに不誠実だった。


 しかし、それも今日で終わりだ。記憶が戻りさまざまな感情と気持ちが合わさったいまの俺は、覚悟を決めて彼女たちに向き合うことに決めた。


 最初から向き合おうとは思ってた。それが呪いの影響で遅れてしまった。けど、それは言い訳に過ぎない。どう罵られようとも、どう呆れられようとも俺は頑張ることを決めた。その第一歩に、リリアへの告白を選んだ。彼女から始まった物語を彼女から受け取るために。


「……いま、私のことを…………愛?」


 俺の告白を受けて、リリアは珍しく動揺していた。目を点にして首を捻る。じっくりと数秒の時間が経過すると、ようやく彼女は自分に対する言葉を呑み込んだ。呑み込んで、今日一番の赤面を見せる。


 同時に、彼女の背後に控えていた何人ものヒロインたちが衝撃を受ける。


「ま、マリウスが……リリアに、告白した……!?」


「お姉ちゃんは!? ねぇ、お姉ちゃんは!? お姉ちゃんも告白されたい……」


「いいな……」


「羨ましいです! 私もあそこへ混ざっていいですかね?」


「やめておきなさい。下手に空気をかき乱すと怒られるだけじゃ済まないわよ。それに……あれはリリア王女殿下のものだもの」


「そっか……」


 まず真っ先にセシリアが大きな声を上げる。負けじとその隣でフローラが飛び出そうとするが、反射的にセシリアに押さえ込まれて何もできない。さらにその後ろでは、呆然と二人を眺めるアナスタシアが。隅のほうでは、ティアラとフォルネイヤが何やらコソコソ話していた。


 どうでもいいんだが、ちょっとうるさい。セシリアはフローラを抑えてくれてるからいいが、好奇の視線とどよめきで空気が台無しだ。


 まあ、これはこれで俺らしいと言えばらしいがな。


 未だ答えを出してくれないリリアの顔を見つめたまま一分ほどの時が過ぎる。俺はあえて何も言わずに彼女の答えを待った。リリアは顔を真っ赤にしたままあわあわと慌てて、それでもそろそろ俺への罪悪感に負けたのだろう。瞳を伏せてぼそぼそとした声で呟いた。


「わ、私は……いつだって、マリウス様の婚約者です。もちろん、妻になるのに不満などありません」


「……ありがとう。これからは、これまでの遅れを取り戻す勢いで頑張るから……よろしくね?」


「え?」


 もう返事はいらない。十分に気持ちはもらった。だから、俺はその場で立ち上がって彼女の手を引いた。勢いに負けて俺の胸元に飛び込んでくるリリアを、痛くないくらいの力で抱きしめる。耳元で、またしても俺は同じ言葉を繰り返した。


「愛してる。愛してるよ、リリア」


「ひゃっ!? ま、マリウス様ががががががが」


 あ、リリアが壊れた。


 「きゅ~」という情けない声とともに、全身を力なく俺にあずける。そんな彼女の様子を苦笑しながら抱きしめ続けていると、そろそろ他のヒロインたちが我慢の限界を向かえたらしい。


 セシリアの腕からなんとか逃れたフローラが、それを追いかけるセシリアが、チャンスとばかりにアナスタシアが……フォルネイヤを除く四人が追加で俺の下に殺到する。リリアを避けて左右から挟みこむ彼女たちの圧に負けて、よろよろと数歩後ろへ下がったとき。


 俺は躓いて転ぶ。リリアは俺の体がクッションになったようでダメージはないようだが、背中を打ちつけた俺に、それでも彼女たちは止まらない。円状になって俺を囲み、険しい表情で言った。フローラを止めるはずのセシリアでさえ。




「マリウスくん!」

「マリウス!」

「マリウス」

「マリウス様!」


 フローラ、セシリア、アナスタシア、ティアラがリリアに続く。




「お姉ちゃんとも」

「私とも」

「僕とも」

「私とも!」


 全員が、声を揃えて言った。




「「「「結婚してください」」」」




 と。


「え、えぇ……?」


 さすがに、それは……許容量を超える。


 俺は未だ放心したままのリリアをお姫様抱っこして勢いよく立ち上がると、その場から脱兎のごとく逃げ出した。当然、後ろからヒロインたちが追いかけてくる。



 ああ……やっぱり俺は。




 頑張れないのかもしれない。











 薄暗い部屋にかすかな陽光が差し込む。


 カーテンによって遮られた室内には、壁一面にびっしりとひとりの青年の絵が張り出されていた。さまざまな構図、角度、表情を描いたそれらの紙を、部屋の主は愛おしそうな瞳で見つめながら優しく撫でる。


 口元からツーと垂れる涎が床に落ちて、しかしそれを気にせず黒と白みがかった灰色髪の少女は呟く。


 声色には狂気が宿っていた。




「あはっ……えへへ……ラフラの王子様……」




 濁りきった瞳に映るのは、かつて自分を守ってくれた最愛の男性。


 徐々に作られた男の口元に自らの口元を近づけて完全に重ねる。そこに温度も愛情もない。けれど彼女には十分だった。


 くすくすとひとりきりの室内で少女の小さな笑い声だけが聞こえる。


 ときおり、その声に混じって描かれた男の名前が呟かれる。




「あぁ……マリウス様……」


 と。

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