第130話 告白

 幾重にも太い鎖が俺の体に巻かれていく。そのうえで両手両足ごと縛られ椅子に座らされた。


 すでに絶望の淵に立った俺の前には、笑顔を浮かべるヒロインたちの姿が。みんな、目は笑っていなかった。


 先頭に立つリリアが、全員の代表と言わんばかりに口を開く。


「さて……準備も出来たことですし、そろそろ始めましょうか」


「拷問を?」


 冗談っぽくそう言ってみると、リリアがおもむろに真剣を持ち出した。まって。


「ふふふ~。あんまり変なことを言うと、私の手が滑ってしまうかもしれませんよ? 見た目どおりの華奢な乙女なので」


「だったら切っ先をこっちに向けないでくれると嬉しいなあ……しかもそれ、俺の剣だよね?」


「はい。さすがマリウス様。しっかりと剣の手入れをなさってるようで。よく切れそうです」


「ごめんなさい。話を進めてください」


 これ以上はもう冗談は言うまい、と俺は口を閉ざした。すると、リリアは深いため息をついてから言う。


「まったく……元気そうで何よりですよ。でも、私たちを置いていったことに関しては納得してませんからね。話してください。どうして私たちを置いていって、どうしてこの村を選んで……この村でどんな生活をしていたのか」


「あー……その前にひとついいかな?」


「? なんですか」


 これだけは言いたい。俺はリリアの質問を後回しに、最も大切な報告をする。


「実は俺……ついさっき記憶が戻って、ね。だから、もう記憶喪失に関しては心配しなくていいよ」


「…………」


 あ、あれ?


 我ながらかなり大事な重要発言をしたのに、それを聞いて誰もなにも言わない。そのくせこちらをジッと見つめていて怖かった。


 やや間を置いて、リリアが震える声で尋ねる。


「き、記憶が……? 本当に、戻ったのですか……?」


「一応ね。たとえば、リリアと初めて出会った時のことは……」


 彼女たちに信じてもらうべく俺は全員との出会いや小話などを口にした。誰もが黙ってそれを聞く。そして、聞き終わるのと同時に全員が同時に涙を浮かべた。


「り、リリア!? セシリア!? フローラにアナスタシア……ティアラやフォルネイヤ会長まで!? どうして……」


 そこまで嬉しかったのかと狼狽すると、背後でティルがくすくす笑った。


「愛されてますねぇ、マリウス様は。皆様、その言葉が何よりも聞きたかったのかと」


「……そっか。ずいぶんと、彼女たちには迷惑をかけたからな」


「ええ。私も同罪なので、一緒に罪を償いますよ」


「サンキュー」


 そう言ったティルの横顔は、リリアたちのことを心底喜んでいる。ただ、かすかに表情が曇ったのを俺は見逃さない。


 彼女の心の奥底まで見えやしないが……なんとなく、考えてることはわかった。だから、あえて俺はなにも言わずに視線を逸らす。


 そのタイミングで正面に立っていたリリアがおもいきり俺の体を抱きしめた。思わず反動で床に倒れるところをなんとかなけなしの力で耐える。


「よかった。よかった! また、いつもどおりのマリウス様なのですね……!」


「前とはちょっと違うよ。ちゃんと記憶を失くしてからのことも覚えてる。みんながどれだけ俺に優しくしてくれたのかもね」


「マリウス様……」


「全部が混ざって、俺はかつての俺じゃないけど……それでもリリアたちは受け入れてくれるか?」


 受け入れてくれる確証はある。だが、それとは別に不安を覚えてしまうのが人間だ。俺はリリアの顔をジッと見つめて答えを待つ。彼女はすぐに微笑みを返してくれた。


「もちろんです。誰がなんと言おうが、私だけはマリウス様のそばに居続けます。婚約者ですもの」


「あー! ずるい! 王女殿下だけじゃないよマリウスくん! お姉ちゃんだってずっとずっと一緒だから!」


「ええ。そうね。リリアばかりずるいわ。私だって、マリウスがだ、だだだだ大好きなのに……」


「顔が真っ赤ですよ、セシリア様」


 リリアの言葉にフローラとセシリアが続く。彼女の背後でフォルネイヤがやれやれと肩を竦めると、やや控えめな声でティアラも「私だって!」と叫んでいた。


 懐かしい喧騒に不思議と俺の目頭が熱くなる。グッと堪えて涙を我慢すると、俺は少々真面目な顔を作ってリリアを見つめて言った。


「すまないリリア。ちょっと鎖を解いてくれるか? リリアに伝えたいことがあるんだ。大丈夫、逃げたりしないから。さすがにこの状態だと格好がつかなくてね」


「伝えたいこと、ですか? まあ……構いませんけど」


 リリアからの許可を得てティルが鎖を外していく。あれだけ重く苦しい鎖から解放されると不思議と体が軽く感じた。


 そのまま手首の感触をたしかめながら立ち上がり、リリアの前で膝をつく。そして、彼女の白く美しい右手を取って、恭しく俺は言った。


「いままでたくさんの迷惑をかけてごめん。俺は、いつも君から逃げてきた。それなのにリリアはずっと俺のそばにいて支えてくれた。今回の件でそれがよくわかった。遅いとはわかってるが、それでも俺の想いを聞いてくれ」


 リリアの右手に唇を落とす。なにか特別な儀式があるわけでもないが、雰囲気は大事だろう?


 再び顔を上げると、そこには顔を真っ赤にしたリリアがいた。なにかを期待してるようなので焦らさずに告げる。




「愛してるよ、リリア。学園を卒業したら、俺と結婚してくれ。必ず……君に相応しい人間になってみせる」

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