第129話 仏も許さない
自宅の扉を開けたら、目の前にリリアたちがいた。
まず真っ先にリリア・トワイライトの顔が映り、次いでその隣に並ぶのは彼女の幼馴染である青髪の少女セシリア。その後ろには、俺の従姉妹であるフローラが控え、アナスタシア、ティアラ、フォルネイヤと続く。
まさかの事態に、両目を激しく瞬きさせてからごしごしと強く擦るが……生憎と彼女たちの姿は消えてくれなかった。それが意味することはたったひとつ。
どうやらリリアたちは、俺を追いかけてこの村まで辿り着いたらしい。
そこまでじっくりたっぷり思考を巡らせて、俺は自分の顔が真っ青になるのがわかった。文字どおり血の気の引いた俺を見て、額に青筋を浮かべたリリアが優しく微笑む。
「ごきげんよう、マリウス様。ようやくマリウス様を見つけることができました。ここまで長い旅を乗り越えて来たんです……追い返したりしませんよね?」
「…………」
「マリウス様、返事」
「はい」
なんと言えば彼女に許してもらえるのか、そればかりを考えていると無言だった俺の態度に業を煮やしたリリアが、浮かべた笑顔をそのままに即行で返事を促す。
確実に彼女がぶち切れてることを察した俺は、記憶が戻ったことでいつもどおりに返事を返す。正直、調教されたといっても過言じゃないと思う。
「ふふ、ありがとうございます。村長さんもここまでご案内ありがとうございました。あとはマリウス様と直接話すのでお帰りください」
「え? あ、はい……ごゆっくり?」
流されるままに疑問符を浮かべながらも村長は来た道を戻っていく。その小さな背中に手を伸ばして防波堤を頼もうとしたが、寸でのところでヒロインたちが俺の眼前を埋め尽くす。フォルネイヤ以外はみんな笑顔を浮かべているのに、その笑顔に邪気を感じるのはなぜだろう。俺が後ろめたいことをしたと自覚してるから?
頭の天辺から足のつま先まで小刻みに震わして、俺は改めてリリアたちを見渡してから挨拶することに決めた。
挨拶は人間にとっての基本だ。挨拶さえすれば、不機嫌な彼女たちも少しはその怒りが収まるかもしれない。そう思って右手を上げるなり、しかし俺は勢いよく床に体を沈めた。
いわゆる土下座の体勢だ。
「す、すみませんでした————!!」
置手紙もなしに無断で行方をくらました俺。そんな俺を様々な気持ちを抱きながら追ってきてくれたであろうヒロインたち。彼女たちを前にして、「はい」に続いた言葉がそれだった。恥もプライドも外聞すら捨て去り、俺は額を床に強くこすり付けて精一杯謝った。もはや素直に謝ることしか俺にはできなかった。
だが、俺の惨めでちっぽけな心境を察してくれたのか、頭上から優しい声色で声が落ちる。すぐにそれがリリアだと理解した。
「顔を上げてください、マリウス様。そんな格好をされては、怒るに怒れません……」
「リリア……!」
救いの神はここにいた。
そう思って顔をバッと上げると、俺の視界に先ほどと何ら変わらないリリアの顔が飛び込んでくる。笑顔の裏に、青筋と怒りが浮いていた。
……あれ? 怒るに怒れないとは?
遅れて俺の思考が、「あ、これ騙されたやつだ」と理解するのと同時に、リリアがハッキリとした声で言葉を繋げる。
「——なんて、言うと思いましたか? 今回ばかりはいくら温厚な私でも限界値を振り切りましたよ。ええ、ええ。これほど胸が締め付けられたのは、人生で初めてのことかもしれません。もちろん……悪い意味で」
じろり、と彼女の笑顔が崩れる。黒く濁ったジト目が俺を貫き、後ろに下げていた手を前に出す。なぜかリリアの手には、見覚えのあるやたら分厚い鎖が握られていた。じゃらじゃらと音を立てながら鎖が地面を擦り、一歩、また一歩とリリアがこちらに迫る。
砂利と雑草を踏み荒らし、やがて床板を軋ませた彼女は鬼のごときオーラを携えて言った。
「さあマリウス様。久しぶりのお仕置きの時間です。ご安心ください。まだ夏休みまでギリギリ時間がございます。ええ……たっぷりと夜を明かしましょう。本日はみんな、最後まで付き合ってくれますよ?」
ね、と背後を振り向いたリリアに、フォルネイヤを含めてその場の全員がこくこくと頷く。それを見送ってからリリアが視線を戻し、俺は最後の希望たるティルへ助けを求めた。懇願するような俺の視線を受けた彼女は、しかし悲壮感の漂う目元を向けるだけで……ふるふるとゆっくり首を左右に振った。それが、「すみません。諦めてください」という意味だとわかると、今度こそ俺の心は絶望で埋め尽くされる。
無慈悲に、俺の体に鎖が巻きつけられていく。
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