第128話 再会
村を出る前に村長から借りた家の掃除を始める。
家のそばにある小さな倉庫から箒などを取り出して、二人でエリアを分担。主に力仕事と体力系は俺が請け負い、洗いものや女性でもできる仕事はティルに任せた。もともとメイドとしてその手の仕事は得意なだけあって、前世で庶民だった俺を彼女はゆうゆうと超えていく。
鼻歌まじりに軽快な動きで手当たり次第にピカピカへと変えていけば……もはや俺の立つ瀬がなかった。
「それにしても……最初から綺麗だったとはいえ、掃除しようと思えば意外と汚れってあるもんだな」
俺のなんてことはない呟きに、雑巾片手にティルが答える。
「当然ですよっ。グレイロード家だって例外ではありません。汚れは一日のあいだにだって溜まりますし、それがこのような場所ならより一層!」
「たしかに」
このような、という彼女が示す場所とはもちろん≪リコリットの村≫のことだ。しかし決して、ティルは村の環境や立地などを馬鹿にしたわけじゃない。これまで過ごしていた王都や、この村へ辿り着くまでに通過した街に比べて、リコリットの村は野ざらしなのだ。地面は舗装されていない。自然が平然と家の周りを囲む。その自然も手入れなどされておらず、風が吹けば砂煙が住宅を襲う。
それゆえに数日であろうと一週間であろうと一日であろうと、家屋が汚れるのは当然だと彼女は言いたいのだろう。言外の感情を読み取って俺は一息つく。
棚やテーブルなどを動かすのが俺の主な役目だ。身体強化魔法を使わなくてもそれなりに役に立つ。
「ですから部屋の四隅の汚れもきちんと取ってくださいね、マリウス様。ここでは貴族の身分は関係ありませんし、マリウス様とて感謝を示したいのでしょう?」
「ティルは厳しいねぇ」
肩を竦めてから箒を片手に言われたとおりの仕事をこなす。
先ほどからテキパキとよどみなく動いてるティルに比べたら、俺の仕事量なんて体力を酷使する程度のもの。彼女の言うとおり、ワケありの俺を善意で見捨てなかった村長さんのためにも、借りた家は綺麗な状態にして返したかった。けど、それはそれ。ティルの意外……でもない一面が見れて、こんなことなら、「ピカピカにしよう!」なんて始める前に言わなきゃよかったと反省する。
「私はマリウス様の専属メイドですからね。マリウス様が立派な貴族になれるよう、こういう細かい一面にも目を光らせなくてはいけません。平民あっての貴族だと」
「それは俺じゃなくて両親に言うべきことじゃないか?」
俺はかつてのマリウスじゃない。前世で日本という国、地球という世界で暮らしていた一般人だ。ゲームの知識を持ってるがゆえに、本来辿るはずだった悪役らしい道は消えたが、そうではない両親はあまり性格が変わったとは言えない。俺がまともな分、原作の頃より多少はマシになっているが、平民に対する慈悲や優しさなど欠片もないように見える。
ティルも俺と同じ気持ちだったのか、言葉を濁しながらも苦笑した。
「……私は、マリウス様にこそそうなってほしいのです。誰にでも手を差し伸べ、誰にでも歩み寄れるマリウス様だからこそ……」
「ずいぶんと期待されたもんだな。……でもまあ、ティルの言うとおりだ。俺は、平民だろうと貴族だろうと差別はしない、と思う。たぶん」
「どうして断言してくれないんですか」
「未来のことは俺にもわからないからな」
冗談のようで本当のことだ。
俺は、リリアたちに極力関わらないよう気をつけることにした。それでも運命は俺と彼女たちを結び付けた。大半は俺の自業自得なのだが、それでも運命の悪戯だと思わずにはいられない。
そしてなにより、この世界にはリリアたちと結ばれるはずだった主人公がいない。
であれば、最初から俺の運命は決まっていたのかもしれない。
だから、未来はわからない。人間のちっぽけな意識と思考では考えられないようなことが起こる。そこに絶対という不確定な要素は介入できないのだ。
……なんて、ただの言い訳だ。俺が、自分自身を信じられていないだけ。それでも、俺はそれでいいと思う。流される時があっても、それこそが自分なのだと言える。
だから、
「けど、努力してみるよ。よりよい未来のためにな」
そうティルに言ってみせた。彼女はしばらく無言を貫いたのち、
「…………そうですね。とっても、マリウス様らしい答えです」
屈託のない笑みを浮かべた。
その直後、家の扉がノックされる。俺もティルも同時に視線を移して、先にティルが来訪者へと答える。
「はい。どなた様でしょうか」
「ティルノアさんかい? 村長のウィールだが、マリウスさんたちにお客さんが来ているよ」
「お客?」
村長の言葉に俺は首を傾げる。この村の中でそれなりに色んな人と交流してきたが、わざわざ客としてこの家を訪れる人は珍しい……というか初めてだ。
一体誰だろうと思ってひとまず扉を開ける。すると、最初に俺の視界に村長さんの顔が映り、次いで、その後ろにいる女性たちの顔が見えた。
見えて、俺は口をあけて絶句する。
村長さんの後ろに、笑顔を浮かべるリリア達がいたのだから。
気のせいか、リリアの額には青筋が浮かんでいるように見えた。
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あとがき。
やめろぉ!
続けろなんて言わないでくれぇ!心が揺れる!
でも続きの構想考えてない←
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