第126話 ただいま

 不思議な夢を見た。


 前世、日本での夢。


 薄暗い部屋の中でモニターを見つめる男がいた。懐かしさを感じる平凡な顔つきに、それが前世の自分だとすぐ気付く。


 いまの俺は、なぜか自分の姿を第三者の視点で見ていた。


 男は、無言でゲームをプレイしている。


 ちらりとモニターに映し出された光景を見て、俺は驚く。


 そこには、見覚えのある少女たちが並んでいた。


 リリア・トワイライト。

 セシリア・アクアマリン。

 フローラ・サンタマリア。

 アナスタシア・オニキス。


 全員、マリウスとして出会った女の子たちだ。


 テキストが流れている。時折、笑顔を浮かべて主人公、プレイヤーに語りかける。その様子を目を見開いて眺めていた。


「なんで……これは……」


 理解するのに時間がかかった。もしかしなくても、前世でプレイしていたゲームの中に俺は転生したのか?


 だとしたら俺はゲームの主人公?


 わからない。


 喉元まで出かかった答えを、まだ俺はたしかめられないでいた。


 しかし、妙に目の前の光景が懐かしい。納得できる。素直に受け入れられた。


 恐らく、それが答えなのだろう。


 それを呑み込んだ瞬間、脳裏に様々な記憶が蘇る。


 それは、俺であって俺じゃない男の記憶。


 ヒロイン達と過ごした思い出だった。




「そうか。俺は…………」




 そこで世界が白んだ。


 全てを呑み込み、俺の意識とともに消える。




 ▼




 目を覚ますと、すっかり見慣れた木製の天井が見えた。


 やや痛んだベージュ柄の板を見ると、ここが村長に借りてる自分の家だとわかる。


 起き上がると、座ったまま上半身をベッドにあずけて寝てる女性が視界に映った。長い髪のあいだから、その顔と久しぶりの再会を果たす。


「……おはよう、ティル。どうやら……俺は、戻ってきたみたいだな」


 清々しい空模様と同じく、これまでの曖昧だった記憶はない。瞼を閉じれば昨日のことのように思い出せる。そして、過去の自分といまの自分が上手く混ざり合った状態なのだと理解できた。


 それはつまり、これまでの記憶がなかった俺もまた、マリウスの一部だったということだ。


「しっかし……いくら居心地が悪いからって、リリアたちに黙って王都を出るかね、過去の俺。記憶が飛んで性格までちょっと変わったのか? そんなに大胆だったっけ、俺」


 二つの記憶が混じった結果、これまでとは違った感情やら思考回路まで組み合わさった。具体的になにが変わったかと言われれば答えに詰まるが、なんとなくいままでの自分とは少し違うように感じる。


 ちょっと複雑なのは秘密だ。


「ん、……ンン?」


 あ、俺がもぞもぞと動くものだからティルが起きた。


 白い掛け布団にシワを作りながら、パチパチと瞬きするたれ目と視線が交差する。窓の外から小鳥の囀りが聞こえ、お互いに五秒ほど見つめ合い……。


「まり、うす……様?」


 ティルが首を傾げた。笑って答える。


「ふはっ。あはは……うん。おはよう、ティル」


「マリウス様!?」


 返事をすると、ティルが勢いよく椅子から立ち上がった。よほど俺の世話が大変だったのか、顎下まで伸びた涎が布団の上に飛ぶ。口元についたそれを拭く余裕すらなく、彼女は険しい顔を浮かべて言った。


「どうして危険な真似をしたんですか! ネアさん達に聞きましたよ! 素手で熊の首をへし折ったって……!」


「え、えぇ……挨拶の次がもう説教? 相変わらずティルは手厳しいな……こんな田舎の村にまで足を運んだっていうのに、性格は昔のままか」


「当然です! ティルは——」




「マリウス様のメイドなんですから! か?」




「……え?」


 まさか言葉を奪われるとは思ってもいなかったのだろう。


 激情から一転、信じられないと言わんばかりに彼女の目が見開かれる。


 まるまるっとした瞳が、「もしかして?」という感情を映した。


「マリウス、様?」


「どうした、ティル? 俺がガキの頃からよく言ってたじゃないか」


「そんな……ご記憶が……?」


「ああ。ついさっき、偶然にもな。頭をぶつけたおかげかな?」


「————ッ!」


 ガバッ!


 突進並みの速度で、ティルが俺の体を抱きしめた。


「ぐえっ!?」


 手加減のなさに醜い声が漏れる。


「てぃ、ティル? 痛い。ものすごく、痛いから……」


 全力でこちらの体を抱きしめている。女とはいえ、怪我人には堪えるパワーだ。肩に手を添え剥がそうとするが、その前に彼女が言った。


「お願いします……! いまだけは……このままで」


「ティル……」


 そんなぐずぐずと泣かれたら、無理やり引き剥がすことなんてできない。


 いまの俺は、昔以上に紳士的な人間になったのだから。たぶん。


 胸元で泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、俺は痛みを我慢する。彼女が満足するまでのあいだ、静かにその姿を見守った。

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