第123話 忍び寄るヒロインたち
「あの町にもマリウス様はいませんでしたね……」
ガタガタと揺れる馬車の中で、リリアがため息とともに言った。
現在、王都を出たマリウスを追跡するリリアたちは、必死にマリウスが通ったと思われる道を進んでいた。幸いにも、マリウスの容姿は人の記憶に残りやすい。まるで何かから逃げるように外套を羽織っていたのも大きいだろう。季節は夏。こんな時期に外套を着てる者などそうはいない。
おかげで順調にマリウスに近付いている彼女たちだが、追跡の旅が一日、また一日と過ぎていく度に気分を落としていった。
誰の心にも「早くマリウスに会いたい……」という気持ちがあった。
唯一、罪悪感を抱くフォルネイヤだけが彼女らとは異なる感情を胸に、平坦な道を越えていく。
蓄積されたリリアたちの感情が、マリウスに出会えた時、どんな形で爆発するのか本人たちにも解らなかった。
「マリウスはかなり遠くまで行ったようね……そこまでして、私たちに追ってほしくなかったのかしら? だとしたら、いまの私たちの行いは正解なの?」
「セシリア様はいつも弱腰ですね。マリウスくんに会いたくないんですか?」
ぽつりと疑問を口にしたセシリアに、縛られた姿のままフローラが苦言を強いる。
「会いたいに決まってますっ! でも、マリウスが記憶喪失の件で落ち込んでるのだとしたら、原因である私たちが会いに行くのは違うような気がして……」
「ふ~ん。今さらそんなこと言っても、後戻りはできませんよ。例えマリウスくんに嫌われたとしても想いを伝えなきゃ! それに、もしかすると記憶が戻ってる可能性だってありますし」
「珍しくいいことを言いますね、フローラさん」
「いきなり人のことを刺してきますねぇ、リリア殿下は」
「確かにセシリアの言うとおりでもあります。マリウス様は、我々と会うことを望んでいないのかもしれない」
「あれ? 無視? お姉ちゃんは無視ですか~」
「それでも! 私はマリウス様に会いたい。記憶があろうとなかろうと、勝手に私の前からいなくなったことを問いたださねば……」
リリアの瞳が、光すら吸い込んで漆黒に染まる。
「なぜ私を誘ってくれなかったのでしょうか? なぜ私にすら報告せずに外へ? マリウス様は誰の婚約者なのかもうお忘れに? ああ……そう言えば記憶喪失でしたね。ふふ。関係ありませんわ。私とマリウス様の絆が、記憶喪失ごときで失われるはずがありません。ええ、ええ。そうです、そうですとも。きっとマリウス様は照れてるだけです。じゃあなんでメイドを連れて行ったんですか? 私はメイド以下ってことですか? 許しません許せません許さない」
ぶつぶつと独り言を言い出したらもう危ない。誰の目から見たって、彼女は重症だった。恐らく、マリウスと遭遇したら彼は無事ではいられないだろう。
「あー……リリア殿下のほうはみんな無視してあげようね~。変に絡むと矛先が向いて危険だよっ」
「まあ、王女殿下の気持ちもよく解りますけどね」
苦笑を浮かべたティアラに、しかしフローラはジト目を向ける。
「さすがぁ、フォルネイヤさん以外には秘密で、マリウスくんに会ったら手料理を振る舞おうとしてるティアラさん。あんな姿のリリア殿下を見て、気持ちを理解できるなんてエッチだね!」
「どういう意味ですか!?」
実は最後の町を出る際に、こそこそとマリウスにどんな料理を食べさせようかフォルネイヤと相談していた内容が、たまたま居合わせたリリアにバレた。彼女に問い詰められたティアラは、あまりの形相に全部ゲロってしまう。
マリウスに手料理を食べさせて、自分の記憶だけでも呼び覚ませないかと考えていたことを。
小動物っぽい感じの顔をして強かなな彼女の作戦に、フォルネイヤ以外の全員が衝撃を受ける。当然、彼女の手料理計画は水泡に帰した。リリア王女殿下から直接、「王都に戻るまで料理するのは禁止です」と釘を刺されてしまった。
仕方なく、別の作戦を考えている。
それでも自分だけ抜け駆けしようとした事実は変わらない。ちょくちょく、そのことを他のヒロイン達にいじられていた。
そういう彼女たちも、内心、似たようなことをしようとしていたわけだが……みんな似た者同士である。
「取り合えず、次の目的地が最後っぽいから、そこに着いてからマリウスくんのことを考えようか。エッチなティアラさんはともかく、セシリア様も元気だして! そんな顔でマリウスくんに会ったら、マリウスくんのほうが申し訳無さそうな顔になっちゃうよ?」
「だから私はエッチじゃ……!」
それぞれが異なる想いを胸に、まもなく、マリウスが療養している村へ辿り着こうとしていた。
騒動は、近い。
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