第121話 獣、襲来
「た、大変だマリウスさん! 村の近くに、大きなクマが!!」
村長がビッグニュースを持って俺の自宅へやって来た。急いで扉を開けると、びっしりと汗をかいた村長がそこにはいた。肩で荒い呼吸を繰り返しながら、なおも村長は続ける。
「いま、ネア達がなんとか時間を……はぁ……稼いでいるが……はぁ……それも、いつまでもつか……」
「ネア達が? いくらなんでも二人で挑むには危険じゃ……」
あのとき見た足跡の大きさから察するに、
俺は最悪の想定を脳裏に浮かべると、いてもたってもいられずに剣を持って家を飛び出そうとする。
しかし、扉を潜ろうとしたところで背後からティルに腕を掴まれた。振り返ると、涙を滲ませた彼女の顔が映る。
「ティル……?」
「行っちゃだめです。危険な獣の相手なんかせず、素直に逃げるべきです!」
「けど、俺が行かないとネアやルシア達が……それに、この村にだって被害が出る」
「それでも行かないでください! 今のマリウス様は以前のマリウス様ではないんですよ!? 剣や魔法だってまともに使えるわけじゃありません。仮に使えたとしても、あなたには危険な場所に行ってほしくないっ……っ!」
「ティル……」
俺なら、マリウスなら、自分の命を懸けてでも誰かを助けに行くと思ったのだろう。俺の腕を掴むティルの手が真っ白になるほど力が込められていた。ふるふると体を震わせながら、ぽろぽろと涙を流す。
村の外で猟師の真似事をするだけでもティルは反対したほどだ。相手が危険なクマだとわかっていて俺を送り出すほど彼女は優しくない。いや、厳しくない、と言うべきか。
それだけ愛されてることに感謝しつつ、俺はあえてティルのほうへと向き直って彼女を抱きしめる。
すると、そばでその光景を見守っていた村長が汗を拭きながら言った。
「ティルノアさんの言うとおりですな。儂としたことが、本来は部外者であるはずのマリウスさんに危険なお願いをするところだった……。村人たちは離れの倉庫に隠れています。そこなら建物も頑丈でしばらくはもつでしょう。マリウスさんもティルノアさんを連れてそちらへ避難してください。クマの件は、どうにか儂らで解決します。なに、儂も昔は猟師の真似事をやっとりました。少しくらいなら剣を振れますよ!」
そう言って村長は手を振りながらどこかへ駆けていく。恐らくネアやルシア達がいるほうへと向かったのだろう。
村長の背中を見送って、俺はティルに声をかけた。
「……だってさ、ティル。そういうことだから、もう心配しなくていいよ。俺たちは戦う必要はないってさ」
「本当、ですか? マリウス様は本当に、ティルのそばにいてくれますか? クマと戦わないって約束してくれますか?」
「ティルは心配性だね。そんなに俺のことが信じられない?」
「はい」
うぐっ。手厳しい……。あっさり肯定されてしまった。
「ひ、酷いな……これでもあんまり普段から心配をかけないよう頑張ってるだろ?」
「それでもマリウス様はすぐ自分のことを蔑ろにします。記憶を失ったのだって、無理をしたからでしょう?」
「うーん……反論できないなぁ」
記憶はないが、ティアラ達の話を聞くかぎりはそのとおりだった。どうやらそれ以外でも俺は馬鹿ばっかりしてきたらしい。
そんな彼女にまたしても嫌な思いをさせるのは忍びないが……ごめんね?
俺はティルの体を抱きしめながら、王都を出るまえに試していたとある魔法を使った。それは、俺の適正魔法である闇の魔法。字面からして印象の悪い魔法だが、その効果は対象の意識を刈り取る程度のもの。抵抗されれば弾かれる可能性もあるが、今の精神的に弱ったティルが相手なら、簡単に彼女を昏睡させられる。言ってしまえば、睡眠の状態異常を与える魔法だ。
闇色の魔力がゆっくりと彼女の体を覆う。そして、
「あ、あれ?」
しばらくすると、ティルの体から力が抜けた。抵抗しながら目を見開こうとするが、それでも魔法の効果に抗えず……意識を落とす。
眠る直前に、俺は彼女に小さく告げた。
「許してくれ、ティル。それでも俺は、行かずにはいられない」
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