第114話 アクシデント

 ティルに外出と猟の許可を貰った俺は、翌日もネア、ルシアと共に近隣の森へ足を踏み入れる。


 いつもどおりの獣狩りはもちろん、今日からは謎の足跡の正体を掴むことも忘れない。足跡をつけたのがもし本当に熊だったとしたら、戦えぬ村人たちは危険に晒される。それを未然に防ぐのも猟師の仕事だ。


 慣れた動きで周囲を警戒しながら進む。先頭はネアが、一番後ろをルシアが見張る。俺は二人のあいだに挟まり、どちらの援護にも対応できる遊撃だ。一応、弓矢の練習もネア達にお願いしてやってはいるが、やはりというかなんというか、マリウスには剣がしっくりくる。


 この世界には魔法という奇跡があるし、身体強化さえしていれば大抵の獣は狩れるので、弓矢なしでもそんなに困っていない。


 しいて言うなら、弓矢を教えてくれるネアとルシアがものすごく楽しそう。今さら「やっぱり弓矢は必要ないかもしれない」と言ったら、二人は絶対に落ち込むだろう。だから言えない。将来的にも剣を使っていくが、それでも弓矢の技術を磨く俺。まあ、どんな技術もいつかは役に立つだろう。その内、この村を離れて王都に戻るとはいえ彼女たちとの縁も大事にしたい。


「……! 二人とも、これを見て」


 デコボコとした凹凸の激しい道を歩いていると、不意に先頭を歩くネアが足を止めてしゃがんだ。投げられた声にはどこか緊張感が込められており、自然と俺やルシアのあいだにも同じ空気が流れた。そして、ネアが見ていた地面には、昨日見た獣の大きな足跡が刻まれている。成人男性の手よりも大きい。


「昨日より村に近い場所で見つかりましたね……探したかぎりだと行動範囲は広い。すでに遠くへ離れている可能性もあるけど……うーん」


 ルシアがぶつぶつと思考を巡らせる。足跡ばかりで獣本体が見えないせいか、彼女もまた焦っている。今回の件は猟師だけじゃない、村のみんなにまで危険が及ぶからだ。足跡を睨むネアの表情も優れない。


「ひとまず日々の索敵は疎かにできなくなったな。あと、罠の数を増やしておこう。村を囲むように配置しておけば、簡易的なバリケードの代わりにもなる」


「そうね。私たちだけじゃ罠の量産は大変だし、村長に言って他の村人にも協力してもらいましょう」


「罠を設置する前に熊が見つかったら楽なのにねぇ」


「それは希望的観測よルシアちゃん。まあ、罠が無駄になることはないし全力で探しましょう。狩るにしろ逃げるにしろ、相手の正体が掴めないと正しい対策も練れないしね」


 そう言ってネアは立ち上がる。足跡の方向を見定め、巨大な害獣……熊が行ったと思われる道を真っ直ぐ進んだ。俺とルシアも無言で彼女のあとに続く。


 しばらく静かな森の中を歩いていると、やがて先頭を歩くネアの足が再び止まった。左手を後ろに回して「ストップ」の合図をこちらへ送る。それを見て俺とルシアが動きを止めると、彼女は小声で囁くように言った。


「この先になにかいるわね。例の足跡以外はなかったし、熊である可能性もあるから注意して」


「「了解」」


 同時に俺とルシアが答える。


 まずはネアがそろそろと前方へ音を立てずに接近。茂みの隙間から遠くにいる獣の正体を調べた。それは、


「…………ウサギね」


 ウサギだった。クマじゃなくて、ウサギ。


 俺とルシアは一気に脱力する。全身に巡らせた緊張感が嘘のように霧散した。


「なんだウサギか……いや、この場合はよかったと言うべきかな?」


「どうでしょう。熊がいるかどうか確認もしたいので、僕としては熊が早く見たいです」


「私もルシアちゃんに同意するわ。猟師として、実際にこの目で危険を見ないと落ち着かないもの。それでもまあ、肉は大事だし狩るわよ。二人は援護しなさい」


「あ、またお姉ちゃんがマリウスさんにいいとこ見せようとしてる。自分だけ活躍しようとするのはどうなんでしょう」


「は、はぁ!?」


 矢を番えたネアを見て、後ろからジト目でルシアが抗議する。


 言われてみると、初日の猟から今までずっとネアが仕事を先導していた。年長者だし一番腕が立つのだから当たり前だとばかりに思っていたが、成果の大半を取られてルシアがやや渋っている。俺が来る前はそうでもなかったのかな? 知らないことなのでただ首を傾げることしかできない。


 だが、ネアのほうでは覚えがあるのか、ルシアの言葉に喉を詰まらせて顔を赤くした。すると、ルシアはにやりと笑って続ける。


「ほら図星~。前は『ルシアにも経験は必要だから私より多く矢を射なさい』とかなんとか言って仕事を押し付けてきたくせに、マリウスさんが来てから一言もそんなこと言わなくなった。横暴だ! 年長者贔屓だ!」


 一応、遠くにいる獣にバレないよう小声で文句を垂れるルシア。やはり彼女の言うとおり図星なのか知らないが、ネアはぷるぷると体を震わせたあと、びしりとルシアを指差して言った。


「う、うるさい! マリウスには技術を教える必要があるの! それは一番上手い私が最適! だから私が一番獣を狩るのよ! べ、別にマリウスにいいところを見せたいわけじゃないんだからね!?」


「ちょ、ネア! 声が大きいよっ」


 ルシアと違って声量を抑えないネア。慌てて俺が彼女の口を左手で塞ぐ。柔らかい唇に手が当たり、ネアは死んでしまいそうなほど顔を真っ赤に染めあげた。


「~~~~~~!?」


 ぼふん、と音を立ててネアの羞恥心が上限を振り切る。右足を後ろへ引いて下がろうとするが、凹凸の激しい地面のせいで彼女はあっさりと躓いた。普段はそんな無様は晒さない。焦っていたせいだろう。その焦りが連鎖を生み、たまたま伸ばしていた俺の服の袖を掴む。油断していた俺は、後ろに倒れるネアに引っ張られ……体を支えるべく両手で地面に手をついた。膝まで地面につくと、まるでネアを押し倒してるかのように見えて……


「あ」


 気付いた時には遅かった。


 今日一番の絶叫が、森の中に響きわたる。

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