第110話 猟師の姉妹

 ヒロイン達がマリウスを探して頑張っている中、そんなことは知らない本人は、自宅に訪れた村長と猟師の姉妹に対面していた。




「あなたが昨日この村に来たっていうマリウス?」


 村長に手引きされ、扉を潜ってひとりの女性が部屋の中に入ってくる。薄い紫色の長い髪が、風に乗って宝石のように輝いていた。釣りあがった同色の瞳が、正面からマリウス達を睨みつける。


 初対面でありながらいきなりの高圧的な態度に、さすがのマリウスもたじろぐ。後ろでは専属メイドのティルノアが「むっ」という声を漏らした。まさかな、と思い背後を確認すると、なぜかティルノアまで彼女のことを睨んでいた。あまり感情を表に出そうとしない彼女にしては珍しい。いきなり睨まれたことがそんなに嫌だったのだろうか?


 とはいえこのままにしておくと喧嘩にも発展しかねない。これから世話になるのだし、せめて自分が彼女たちの仲を取り持とう。俺とて嫌われたくはない。慌てて来訪者に挨拶をする。


「はじめまして、マリウスです。あなたがこの村の猟師の方ですか?」


「……ふん。そうよ。名前はネア。なんでも剣の腕に自信があるんですってね? それでよく動物を狩れると言えたわ」


「え……?」


 言ってません、と心の中で否定する。


 なんだか話に尾ひれが付いてないか? と村長のほうを見ると、老齢の村長はシワの刻まれた顔をこれでもかと落ち込ませ、汗を滲ませながらぶんぶんと頭を縦に下げる。


 この村で獣を狩れる者はほとんどいない。よほどマリウスの提案が嬉しかったのか、自分でも調子に乗ったことを自覚していた。泣きそうな顔で謝られると、マリウスもあまり無礼な真似はできない。大きくため息をついてから、なんとか目の前の女性を落ち着かせようと声をかける。


 ——前に、彼女の背後から声が飛ぶ。


「も、もう! 初対面の人にそんな態度じゃダメだよ! お姉ちゃん」


 そう言ってグイッと姉を押しのけて隣に並んだのは、ネアによく似た顔立ちの若い少女。その顔を見ればすぐに誰かは察しがつく。彼女の妹かなにかだろう。


 押しのけられた姉ネアは、どこかバツが悪そうに視線を斜め上へ逸らした。


「しょ、しょうがないでしょ? 私だってこれから一緒に仕事を行うんだから仲良くしたいけど……その……見なさいよ、あれ」


 びしっとネアがマリウスの顔を指差す。


「あ、あんな……あんなカッコイイ人だとは思ってなかったの!! 緊張して変な態度とっちゃったの! ど、どど、どうしようルシアちゃん!?」


 ガクガクとマリウスの顔を指差しながら震え出すネア。


 あれ? とマリウスが首を傾げる中、仕方ないなといった様子で彼女の妹が首を横に振った。


「どうせそんなことだろうと思ったよ。お姉ちゃん、男の人と話をするの苦手だもんね……。村の男ならともかく、こんなにイケメンなお兄さんが現れたら、一目惚れもしちゃうってもんだよ」


「そこまでは言ってない! それより、助けてルシアちゃん! このままじゃ私が死んじゃう! 羞恥心で!」


「はいはい。そう思うならしばらく頭を冷やしてようね~」


 ぽいっとゴミを投げるように実の姉を後ろへ放り投げる妹。選手交代と言わんばかりにルシアちゃんと呼ばれた少女が前に出る。人懐っこい笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。


「すみません。急に騒がしくして。おはようございますとはじめまして。僕は先ほど無様を晒したネアの妹、ルシアです。姉が無礼な態度をとりましたが、根は良い人なのであまり怒らないであげてくださいね」


 肩まで切り揃えられた髪が揺れる。姉ネアが長髪のポニーテールなのに対して、妹ルシアは短髪のボブカットくらいだ。似たような顔立ちでも、髪型が変わるだけでずいぶんと印象が違う。


 なんとなく理知的な彼女に、マリウスも倣って頭を下げた。


「いえいえ。よそ者がいきなり猟をしたいと言えば反感を買うのは当然。こちらこそ、なるべく迷惑をかけないように頑張ります。よろしくお願いしますね」


 マリウスも負けじと笑顔で対抗する。それを見て、妹ルシアはボーっとこちらを見つめた。


「……村の外ってすごい。こんなカッコイイ人が普通にいるのかな?」


 ぽつりと呟いた言葉は、後ろできゃーきゃーうるさい姉ネアの声でかき消された。前半部分しか聞こえていないマリウスは首を傾げるも、妹ルシアはそれ以上は何も言わなかった。終わりと言わんばかりに村長が話しに加わる。


「ふふふ。挨拶も無事終わって何よりです。せっかくですし、このまま彼女たちの猟に加わりませんか? まずは後ろで二人の仕事を見ればやりやすいと思いますよ」


「(おお、ナイス提案。どうやってそれを切り出すか迷っていたところだ)」


 村長から言ってくれたなら、村民である彼女たちは断りにくいだろう。


 事実、


「いいですね。僕らは構いませんよ。ね、お姉ちゃん?」


 と妹ルシアはすぐに賛同してくれる。姉ネアも、顔を赤くしながらこくりと小さく頷いた。なんだかんだルシアの言うとおり優しい人物である。


「そうですね……お言葉に甘えさせてもらいます」


「剣などの用意は?」


「一応自前のが」


「それは何より。では挨拶も済みましたので、儂は自宅のほうへ帰ります。無理をなさらないでくださいね、マリウスさん」


「はい。ありがとうございました」


 ひらひらと手を振って帰っていく村長を見送る。その背中が小さくなっていったところで、


「よし! じゃあ行きましょうか。僕たちは弓を基本的に使うので、剣を使うマリウスさんの役に立つかはわかりませんが、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ。どんな些細な動きでも参考にさせてもらいます」


「ふ、ふーん。殊勝な心がけね。精々、私たちの足を引っ張らないように気をつけなさい」


「はいはい。もうツンデレはいいから行くよお姉ちゃん」


「ツンデレじゃない!」


 ぷりぷりと怒り出した姉を無視して、妹ルシアは森のほうへ歩き出す。


 彼女たちの背中を追いかけながら、マリウスはふと思った。




「ツンデレっていう単語あるんだ、この世界に……。まあ、不思議でもなんでもないか。それくらい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る