第109話 その頃のヒロイン達

 マリウスとティルノアが王都から消えて一週間ほどが経った。いくら記憶喪失により会う機会が減ったとはいえ、当然、誰もがマリウス達の失踪に気付く。


 セシリアの自宅、アクアマリン公爵邸に集まったヒロイン達が、お互いの顔を突き合わせて口を開いた。


「それで……誰か見つかったのかしら? マリウスと専属メイドは」


 真っ先に会話を広げたのは、家主たるセシリアだった。吊り上げられた瞳が睨むように他のヒロイン達へ向けられる。その様子を見て、隣に座る第三王女殿下がため息を漏らす。


「それを尋ねるということは、セシリアのほうはダメだったのですね……」


「ええ。雇ってる騎士たちにくまなく西区を探しまわってもらったわ。それでも見つからない」


「私も北区を捜索しました。他の貴族の方にも協力してもらって。結果はご覧のとおり、空振りでしたが」


「お姉ちゃんも残念ながらねぇ。任せられた東区は目を皿にして回ったよ? 平民や孤児の子供なんかに声をかけてね。でも目撃情報のひとつもない」


 やれやれと二人の対面に座ったフローラが、両手を上げて降参のポーズをとる。もしかすると東区に身を隠した可能性があるかもしれないと踏んだセシリアとリリアは、ともに肩を落として俯いた。


 すでにマリウスが消えて一週間も経ったのだ。七日も大好きな男を見られていない。最初はすぐに帰ってくると思った。それが一日、二日と過ぎたことで困惑に変わる。やがて、マリウスがいなくなったことを悟り、彼女たちにしては珍しく狼狽えた。特にリリアとセシリアの落ち込みっぷりは、あのフローラが真面目な顔で慰めてあげるほど酷かった。


 しかし、いくらヒロイン達が手を取り合って協力しても、マリウス達が失踪したことに遅れて気付いた彼女たちには、正確な行き先を掴むことができないでいた。


 せめてもう少し早く気付ければ……と誰もが思う。たらればの話をしても無意味だとわかっているが、何もできない虚しさと哀しさが自分自身を許さない。


 このままマリウスが帰ってこなかったら、そんな妄想が全員の脳裏を過ぎり、徐々に精神をすり減らしていく。


 マリウスのことだからその内ひょっこり姿を見せるとは思うが……記憶喪失という一大事件を前にした彼女たちに、それを耐えられるだけの余裕はない。フローラを含めて、ヒロイン達の表情に陰が差し込んだ。


 暗闇の中でもがくように、答えのない問いをたびたび繰り返す。


 そこへ、一縷の希望が落とされた。




「情報を、見つけた」




 アナスタシアがぽつりと声を零す。


 ほぼ同時に、彼女以外の全員が視線を向けた。


「本当ですか!? アナスタシアさん」


「マリウスの行き先がわかったの!?」


「教えて! お姉ちゃんに教えて!」


 三者三様、必死にアナスタシアへと迫る。女の鬼気迫る殺意にも似た強い感情を受けて、しかしアナスタシアは動じない。いつもの無表情のまま、淡々と彼女たちに告げる。


「南区の御者が、マリウス様とそのメイドらしき二人が馬車に乗って王都を出たと言ってた。早朝に現れた若い客だったから、印象に残ったらしい。女性はマリウス様と呼んでた。加えて、男のほうは外套で顔を隠してた。恐らく、王都を出たのはマリウス様とそのメイド」


「くっ……! やはり王都を出ていましたか。これだけ探しても見つからないはずです」


「どうする? 何日も前に王都を出てるなら、もうかなり遠くまで行ってるんじゃ?」


「それはどうだろう。マリウスくんが近くの町に行っただけっていう可能性もあるよ? とにかく行き先を辿って情報を集めて探すしかないんじゃない?」


「フローラ様の言うとおり。今はとにかく急いでマリウス様の情報を探すのが先決。近くの町に滞在してるだけならともかく、どんどん離れていくなら時間との勝負になるかもしれない」


「でしたら急いで護衛を見繕って追いかけましょう! 王女権限を最大限まで活用しますとも!」


 バン、とテーブルを強く叩いてリリアが立ち上がる。セシリアやフローラも席を立ち、それぞれが急いで準備を始めた。


 わざわざマリウスが彼女たちに何も告げずに街を出たのは、彼女たちにいらぬ誤解を与えないようにすることと、記憶を失った影響でそこまで深い仲とは思えなかったことが関係している。


 他にも、彼女たちの想いを少しでも断ち切っておくという意味もあったが……生憎と、リリア達はそれで諦める程度の想いは抱いていない。


 ようやく見つかった光明にギラギラと目を輝かせ、想い想いの感情を馳せる。


 最後に取り残されたアナスタシアもゆっくりと席を立ち、


「待っててね……マリウス様。どこに居ても、置いていかれても……僕はずっと一緒にいるよ」


 ぎゅっと拳を握り締め、部屋から出て行った。

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