第111話 賑やかな姉妹と
リコリットの村で猟師をやってる姉妹、ネアとルシアと一緒に森へ入る。彼女たちは地面や周囲を警戒しながら俺を先導してくれる。
ちなみにティルノアは自宅で待機だ。俺がそう命ずると「私も一緒に行きます。メイドなので! メイドなので!!」と険しい顔で食い下がってきたが、さすがに戦闘能力ゼロの彼女を危険な場所には連れていけない。なんとか宥めて置いてきた。
「うーん……この足跡はウサギかな? 複数の足跡が同じ場所を目指してる……」
「足跡の数を数えるかぎり、たぶん三羽はいるわね」
「僕とお姉ちゃんが同時に狙っても一匹余っちゃうね。どうする? マリウスさんに協力してもらう?」
「俺でよければ手を貸しますよ。ウサギ狩りは初めてですが」
幸いにも俺には、優れた魔法の才能がある。無属性に分類される誰でも使える身体強化の魔法はもちろん、対象へ直接干渉し弱体化などを引き起こす闇の魔法だって使える。
まあ、記憶が曖昧すぎて、あくまで使えるってだけで前みたいに使いこなすのは無理だが。
「……初めての狩りであなたにウサギが捕まえられるかしら? それに、生き物を殺した経験がないと猟は大変よ? そんな素人に任せるくらいなら、私がやったほうがマシね」
「もう! お姉ちゃんは黙ってて。これからはマリウスさんも一緒に行動するんだから、どれくらいできるか見ておかないとダメでしょ! マリウスさんにいいところ見せたいからって馬鹿なこと言わないで」
「は、はぁっ!? べべべ、別にいいところなんて……見せようとしてないし……」
最後のほうは、ぼそぼそっとした声になるネアさん。妹ルシアは構わず彼女を無視して俺に笑顔を向けた。
「そういうことなんでお姉ちゃんのことは気にしないでください。ウサギを一匹、マリウスさんにお願いしますね」
「は、はい。わかりました」
「ルシアちゃん!」
姉ネアが叫ぶも、ルシアは我関せずといった風に先を急ぐ。まだ会って間もないが、二人の関係がよくわかった。
姉なのに立場は妹より弱いんだね……
ルシアを先頭に、ウサギの足跡を追っていく。すると、俺より圧倒的な経験を持つ彼女たちは、あっさりウサギを見つけてしまった。それも三羽。先ほど言っていたとおりの数だ。
「いましたねぇ、ウサギ。肉付きはなかなか……」
「早く捕まえましょ。ジッとしてたら逃げられるわよ」
そう言ったあと、ネアとルシアは弓を構える。はぁ、と息を吐き捨てて矢を番えた。その瞬間、これまでの空気が一変する。
ピリッ、とこちらにまで緊張感が伝わった。姉妹揃って瞳を細め、剣呑な眼差しで正面を睨む。しかし彼女たちの瞳に殺気はほとんど込められていない。あくまで感情を捨て去り、ただ一点にのみ集中する。これが現役の猟師なのかと感動した。遅れて、俺も鞘から剣を抜く。魔力を全身に巡らせて身体能力を底上げする。
そのタイミングで、
「————今」
ネアが呟き、二人は同時に矢を放った。
空気を切り裂き、強烈な一撃が二匹のウサギを襲う。寸分狂わずウサギの急所を矢が貫くと、苦しそうにびくりと体を震わせてウサギが地面に倒れた。ほぼ即死だ。そばにいた仲間が殺され、残った一匹が俺たちとは逆方向に駆け出す。
残りの一匹を任された俺が、そのウサギを全力で追いかける。記憶喪失の影響で魔力の操作がへたくそになった俺でも、持ち前の膨大な魔力がなんとかウサギの素早さを超え、たったったっと地面を蹴りながら跳ね回るウサギの背後にぴたりと詰め寄った。そして、逃げられる前に剣を振る。なるべくウサギを苦しませないように首元を狙い——ザシュッ。やや斜めにウサギの首を断ち切った。
「わぁっ。すごいすごい! マリウスさんってば、ウサギに即行で追いついてましたね! 剣を使うから相当な手足れだとは思ってましたが、想像以上です!」
「ふ、ふんっ。まあまあね。あれくらい出来て当然よ。そ、そこまで褒めるほどじゃないわ!」
剣に付いた血を払い、鞘へ納める。その間、後ろで控えていたネアとルシアがそれぞれ異なる表情を浮かべてこちらへやってくる。
「はいはい。お姉ちゃんは喋らなくていいから。マリウスさんの実力はもっとすごいってことでしょ?」
「ち、ちがっ」
誤解だと怒るネア。それを無視するルシア。なんだか新鮮な光景に思わずくすりと笑みが零れる。
「ネアさんの言うとおりですよ。今のはただ単に身体能力に任せて剣を振っただけ。本来の俺はもっと強い……はずなんですよ、たぶん」
「? それってどういうことですか?」
まだ俺が記憶喪失だと知らないルシアが首を傾げる。ネアも同じように首を傾げていた。
「実は俺、前の記憶がないんです。常識や知識はあるのに、人の顔とか名前、自分のこととか忘れちゃって」
「記憶喪失!? な、なんでこんな所に……」
「地元だと知り合いの目が気になって。俺だけ思い出せないのが申し訳ないんです。だから、遠い地のこの村にやってきました」
「な、なるほど? 僕たちになにができるかは判りませんが、マリウスさんの記憶が戻るよう、なにかあったら力を貸しますね!」
「どうしてもって言うなら聞いてあげないこともないわ」
「お姉ちゃんも力になってあげたいそうです」
「言ってない!」
再び騒ぎ出した姉妹。どこか懐かしくもあるその光景に、今度こそ声を出して笑ってしまった。
「あはは。ありがとうございます。その時は頼りにさせてもらいますね」
にこりと笑って、俺たちはウサギの回収を急ぐ。このまま死体を放置しておくと、血の臭いにつられて他の獣やら最悪、魔物やらが出てくるらしい。
テキパキと撤収準備をはじめる二人に倣って、俺もさっさとウサギの死体を担いで運んだ。
「ねえお姉ちゃん」
「なに?」
「マリウスさん、カッコイイね。美形だし、口調も丁寧で物腰も柔らかい。そのうえ偉ぶらないし」
「……そ、そうかしら? たしかに他の男に比べてマシかもしれないけど……」
「はいはい。お姉ちゃんも相当気に入ってるんだね。仲良くなれるといいねぇ」
「うるさい!!」
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