第107話 メイドが一番

「記憶……喪失?」


 呪いの件は避けて、適当に頭を打ってそうなったと話すと、村長とその娘はやや微妙な表情を浮かべて口ごもった。


 よそ者を滞在させる理由にしては弱かったかな? と思ったが、どうやら違うらしい。憂いを帯びた目で娘さんが言った。


「それは、その……とても大変でしたね。知り合いどころかご両親のことすら忘れてしまったのでしょう?」


「あ、はい。生活に必要な知識くらいは覚えていますが、今も過去の記憶の大半が無くなってて……」


「可哀想に。それが理由で居心地の悪さを感じ、この村へ療養に来た、と。なるほど」


「あなた……私はこの方々に滞在を許可していいと思うわ。こんな辺鄙な村でも、なにか役に立つかもしれませんし」


「そうだな。元から追い出そうなんて気はないが……うむ。そういうことなら好きなだけ村に滞在してくれ。なにかあれば便宜を図ろう」


「ありがとうございます」


 村長が心の優しい人でよかった。とりあえず俺とティルの滞在は許可され、誰も使っていない家屋も好きに使っていいと言われた。


 だが、その話しを聞きながらも俺は、別のことに意識の大半を割かれていた。


 え? あなた? 最初に呼んだ時とは別のニュアンスだよね? つまり、お前や君、という意味ではなく……旦那さん、ということになる。


 えぇええええ!?


 奥さんだったの!? こんなに若いのに、奥さんだったの!?


 どう見ても俺の母親より若く……いや、よくよく考えたら俺の母親もすごく童顔だった。その顔を継いだ俺が超絶な美形だし、彼女が村長と同い歳くらいだとしてもそこまで驚くことでもない、のか?


 意外にも近くにびっくり人間がいたことで、俺の驚愕はあとから小さくなった。けど、対する旦那さんのほうは普通だし、彼女や俺の母親が特別若く見えるだけで、それ以外はもっと歳相応なのだろう。


 そして余計なことは言わない。女性に失礼を働くと酷い目に遭うと王都にいる間に教わった。何より、厚意を受け取る側が失礼なことなど言えるはずがなかった。


 奥さんの年齢はいくつなんですか? という疑問を抑えて、その後の説明をしっかりと聞く。




 ▼




 村でのルールなどを教わり、早い内に確認しておきたいだろうとのことで、説明が終わるなり空いてる家屋へ案内された。


 一軒屋だ。やや村の中央から離れた場所にこそあるが、広さは十分。だいたいグレイロード家にある俺の部屋くらいの広さか。そう考えると、貴族の生活は贅沢にすぎる。これだけでも前世のアパートの一室よりマシなのだから、俺の前世での暮らしは辺境の田舎以下だと痛感した。別に悲しくはない。……ほ、ほんとに。


「この家にあるものでしたら好きに使ってください。足りないものは教えていただければこちらで揃えます。一応、家具を作る者もいますので気軽に言ってくださいね」


「何からなにまでありがとうございます。私にも手伝えることがあったら言ってください。と言っても、彼女はともかく、私は剣を振ることくらいしかできないと思いますが」


 残念ながら貴族であるマリウスは、剣術以外の才能がない。才能がないというより、これまで剣術以外は全て他人に任せてきた。そう。メイドティルに。だからティルは家事ならなんでもできるし、逆に俺はどんな家事も練習しないとできない。


 せっかく村までやってきたというのに、俺の出番がなくて泣きそうだ。


 けれど、ティルのことより俺が剣を使えることのほうが村長は嬉しかったらしい。俺の言葉を聞いて、急にテンションを上げた。


「本当ですか!? 剣が使えるならもしかして、獣を狩ったりなども?」


「え? け、経験はありませんが……たぶん、可能かと……」


「それは素晴らしい! 実はこの村にはあまり狩りができる者が多くなく……今は二人の女性に頼っているのです」


「なるほど。では、この村に滞在させてもらってるお礼に、私がその狩りに同行しましょう。役に立てるかはわかりませんが、頑張ります」


「おお! ありがとうございます! 働き手が増えるだけでも助かります!」


 ぶんぶんぶん、と俺の手を握って振り回す村長。どんだけ嬉しかったんだ……痛いからそろそろ手を離してほしい。


「では、細かい話はまた明日。猟師の者も紹介しますので、今日のところはゆっくりとお休みください」


「はい。本当にありがとうございました」


 そう言って最後まで嬉しそうに手を振りながら帰っていく村長を見送って、改めて俺とティルは与えられた一軒屋に入る。


 中に入ると、誰も使っていなかったせいか埃が結構あった。生活に困るほどではないが、これなら掃除をすればすぐに家として使える。ほとんど新築みたいなものだし、いい物件を紹介してもらったな。


「よし。今日は休んでいいって言われたし、さっさと片付けと掃除をしようか」


「その前に、ひとつだけよろしいでしょうか」


「うん? どうした、ティル」


 俺がやる気まんまんで袖をめくると、珍しくティルが制止する。


 彼女のほうへ視線を向けると、なぜかティルの表情は険しい。まるで怒っているようにも見えた。


「どうした、ではありません。先ほどの狩りの話です。本当に狩りに参加するのですか?」


「ああ。今さら無理だって言うのは村長に申し訳ないし、タダで泊めてもらうのは心苦しいだろう? もしかして反対なのか?」


「当たり前です! マリウス様は公爵家の人間ですよ? いまのマリウス様になにかあったら、困るのは家族の方々です。それをわかった上で、危険に身を投じると?」


「あー……なるほど。ティルの言いたいことはわかった」


「では——」


「それでも俺はやるよ。もう約束したし」


「むっ」


 リスやハムスターみたいに、ティルが頬を膨らませる。怒っているんだろうが普通に可愛いからやめてほしい。


「マリウス様は私の話を聞いてましたか? 危険ですよ本当に」


「聞いてたよ。それでもやる。大丈夫。絶対に無茶はしないって約束する。危険だと思ったら逃げるし」


「でも……」


「ごめんなティル。おまえが俺のことを心の底から心配してるのはわかってる。けど、それでも俺は働きたい。ちゃんと胸を張ってこの村にいたいんだ。それに……剣を振ってたらなにか思い出せるかもしれないだろ? なに、おまえを置いて死んだりしないさ」


「……納得できません」


 でもそれ以上はなにも言わない。それが答えだった。


 むくれる彼女の頭を撫で、ついでに抱きしめてあげる。すると、彼女はゆっくりとだが俺の背後に手を回して、小さく「マリウス様の馬鹿」と呟いてから力のかぎり俺を抱きしめた。


 本当にごめんよティル。いつも迷惑かけて。


 それでも俺の言うことを聞いてくれる、尊重してくれるティルが大好きだ。


 お返しと言わんばかりにそう彼女の耳元へ囁きかけると、直後、彼女の頭が真っ赤に染まって大爆発を起こすのだった。




 無論、最後には彼女にぽかぽかと殴られる。これが一連の流れだ。

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