第106話 村に到着
王都を出てから一週間ほどが経った。
すでに二つの街を超え、最後の馬車が自然豊かな通りを抜けていく。澄み渡る青空を仰いでいると、はるか遠くに、柵に囲われた小さな村が見えてくる。
「マリウス様! あれがマリウス様の言ってた……」
最初に気付いたティルが、俺の肩を揺らしながら声をかける。
「ああ、間違いない。あれが辺境にある小さな村……<リコリット村>か」
リコリット村。
地図でほどよく遠い場所を探していた俺の目に留まった、本当に小さな田舎の村。
グレイロード公爵邸にある書斎で調べた結果、リコリット村は、かつてリコリットという名の少女が作った村だという。他の町に比べて当然規模こそ小さいが、周りを囲む大自然から豊富な資源が採れるらしい。特に特産品の花や果物は、場所によっては高く売れるとかなんとか。
いや~、前世の俺はこういう環境に多少なりとも憧れを抱いていた。テレビで映される田舎の風景に感化され、キャンプ道具を買おうか悩むことも。
結局、一度も遠くへ出ることなくこの世界へ転生したが、巡り巡ってチャンスがきた。面倒だなんだと後回しにしそうな俺でも、理由さえあればこれほど遠くへ足を運ぶこともできる。
近付いてくる景色に瞳を輝かせながら、今後の予定を夢想した。
畜産。採取。狩り。畑。
やりたいことは夢のようにある。そして、普段なら問題ないからとサボる俺でも、生きるためにはやらなきゃいけない。たまにこうしてやる気に満ちる時があるから人間は不思議だ。
とにかく。
真っ先にやるべきことは家の確保。それができなきゃ、外で野宿するしかなくなるからな。
村に着き次第、村長と交渉しなきゃいけない。
できるかぎり粘り強い交渉をすることを決め、荷物をまとめはじめる。
▼
リコリット村に到着した。
およそ四から五メートルほどの門を抜けると、俺が望んでいた牧歌的な世界がそこには広がっていた。
石畳による舗装のなされていない道。左右に並ぶ大量の畑。どこからか聞こえる鶏の声に、元気よく走り回る子供たちの姿。村の中だというのに自然に溢れ、人々の笑顔が太陽のように眩しかった。
そうだ。これが俺の理想。冷たいコンクリートジャングルでもなく、住みやすい王都でもなく、不自由ながらも自由のある此処こそが、荒んだいまの俺には相応しい。
門のそばで停車した馬車から降りる。
御者の男性にお礼を告げて、馬車から離れた。
空気を思い切り吸うと、心地よい気持ちで満たされる。これが自然の美味しさか、とひとり感動する。
「王都とは全然違うな。実に住みにくそうで、不便そうだ」
「それにしては嬉しそうな顔をしてますね。こういった暮らしに憧れでも?」
「生まれた時から貴族だったしね。その反動かな? こういう暮らしをしてみたいとは思ってたよ」
「私としては変な知識が付くのはどうかと思いますが……まあ、マリウス様の希望も理解できます。ひとまず、村長宅へお邪魔しましょう。空いてる家屋があるかどうか調べないといけませんので」
「だな。御者の人によると、この道を真っ直ぐ進んだ村の中央に村長の家があるらしいが……そもそも中央ってどの辺りだろう? 見ればわかるかな?」
「さすがに村の中央ですから広々としてるはずです。わからなかったら、その時は村民の誰かに話を聞きましょう。よそ者だからと拒絶されることはない……と思います」
「微妙な反応だね」
「ありえないわけではありません。実際、そういった排他的な村も存在します。十分に気をつけてくださいね」
「了解。肝に免じておこう」
そう言って一歩前に踏み出す。
ティルは俺の背後に控え、黙々と俺のあとを追う。
しばらく御者の男性に言われたとおり真っ直ぐに道を歩いていると、次第に円状に開けた場所が見えてくる。どうやらあそこが中央広場らしい。王都も村も変わらないな。わかりやすくて安心した。
「えっと……あの一番大きな建物かな? 村長って言うくらいだし」
「ええ、恐らくは。間違ったら村長の自宅を聞きましょう」
「名案だ」
早速、入り口の扉を軽くノックする。中から「はーい」という女性の声が聞こえ、数秒後に扉が開いた。顔を覗かせたのは、若い女性である。
「あらあらあら! 見たことのないお顔ですこそ……こんなカッコイイ人、ウチの村にいたかしら?」
「急な来訪をすみません。私の名前はマリウス。わけあってこの村にしばらく滞在したいのですが、泊まれる宿か家がないものかと村長さんにお話を窺いたく……こちらが村長さんの自宅でお間違いないでしょうか?」
「まあまあまあ! 外から来た方だったんですね。どうりで見覚えがないと思いました。ええ。ここがリコリット村の村長の自宅です。どうぞ、中に入ってください」
「ありがとうございます」
おお。あってた。しかも俺が外から来た人間だと聞いても、嫌な顔ひとつしない。態度と口調から俺やティルより年上だと思うが……彼女は村長の娘さんかなにかだろうか?
招かれるまま村長宅のリビングへと通される。木製のテーブルを挟み、部屋の奥には恰幅のいい男性がこれまた木製の椅子に座っていた。
戻ってきた女性と見知らぬ俺たちを見て、男はぱちくりと何度も瞬きを繰り返す。そして手にしたコップを置いて口を開いた。
「うん? リーン、彼らは誰かな?」
「あなたのお客様よ。なんでも村の外からわざわざこの村に来たんですって。ものすごいイケメンでしょう?」
「ほほう。村の外から……確かにこの村には似合わないほどの美少年だな!」
ガハハ、と男性が笑う。
褒められるのは嬉しいが、恥ずかしいからあまり言わないでほしい……。
「それで? 私に用があるらしいが、なにかな?」
「まずは急な来訪を謝罪します。その上で不躾な頼みとは存じますが、この村にしばらく滞在したいのです。どこか宿か人が住んでいない家屋などないでしょうか? お金は払います」
「ふむ。どうしてリコリット村に? 連れがいて、それだけの荷物がるということは、徒歩で来たわけでもあるまい。こんな小さな寂れた村より、もっと大きな町のほうがいいのでは?」
うぐっ。いきなり確証を突かれた。
最初から村長にはワケを話すつもりだったし、理解されるかはともかく、つまらない話を聞いてもらおう。
村長さんの娘さん? に椅子に座ってくださいと言われた俺は、出されたお茶を飲みながら自分がここへ来た経由を話す。
呪いの件はフォルネイヤに関係してるため、問題は端折って記憶喪失になったことだけを説明した。
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