第100話 女の買い物は……
「やっと来た! 二人とも遅いわよ」
しばらくリリアと露店が並ぶ通りを歩いていたら、前方から見覚えのある女性が姿を現した。薄い青色の髪を揺らし、透き通るような瞳でこちらを睨むのは、俺と結婚の予定があると言った貴族の令嬢≪セシリア・アクアマリン≫だった。
「ごめんなさいセシリア。ちょっと思い出が懐かしくてゆっくりしちゃった。でもそこまで時間は遅れていないでしょう?」
「……まあ、ね。たしかに私が一人で勝手に早く来ただけだけど……」
後半になるにつれてモゴモゴ喋りになっていくセシリアは、整った顔にわずかな朱色を浮かべ、ぷいっと視線を逸らした。実に可愛い反応だ。思わず俺はくすりと笑ってしまう。
「俺もごめん。一応、他の誰かと待ち合わせることは途中で聞いたんだけど、リリアを無理やり引っ張ることができなくて」
「も、もういいの! それより三人でこれからデートするんでしょ? 私も関係してるし、早くいこっ」
そう言って、セシリアが勝手にずんずん前へ進んでいく。
俺とリリアは顔を見合わせ、「ぷっ」と小さく吹き出してから彼女を追った。
「待ってくださいセシリア! 昔の記憶通りにデートするなら、あなたはあくまで観察。後ろにいないとダメでしょう?」
「え……。そんな……。その通りだけど、私ひとり離れるなんて……寂しい……」
ぴたりと動きを止めたセシリアが、今度は違う意味でモジモジし始めた。さっきは恥ずかしさから。今は哀しみから強いショックを受けてるのは明白だ。どうしたものかとリリアの返答を待つ。すると彼女は、やれやれと肩を竦めたあと「しょうがないですね。三人でデートを楽しみましょう」と言った。
「リリア……!」
急転直下で地面を抉ったはずのセシリアの負のオーラが、瞬きする間に空へ飛んだ。テンションの上下が酷すぎてさすがにビビる。だがリリアは慣れているのかなにも言わない。当たり前のように、セシリアは空いてる俺の腕を掴みデートに堂々と加わった。
「ほんとにこれでよかったのかな?」
「構いませんよ。もしかしたらセシリアがいたほうがより効率的かもしれません。柔軟にいきましょう。それに……幼馴染を冷たく突き放せるほど、私は嫌な女にはなれません」
「それもそうか」
リリアはどう見たって清楚で明るく誰にでも優しい女性だ。そんな彼女に俺も厳しく言えない。
るんるんと花の咲き誇る笑顔を浮かべるセシリアを見て、計画なんて言葉はどこかへ消えた。
▼
俺の記憶を取り戻すためのデートに、新たな女性セシリア・アクアマリンが加わった。彼女が加わることでどんな変化が起こるのかと言うと……端的に言って、周りの視線が鋭くなった。
右も見ても左を見ても、近くを通る人々の(主に男性からの)視線が痛い。目力に物理的な殺傷力があったら、今ごろ俺の全身は穴だらけになっていただろう。精神的にはボロボロだが、そんな俺の疲労など左右を挟む彼女たちには理解されない。リリアもセシリアも非常に楽しそうに騒いでる。
「ねぇリリア。あの髪飾りなんてあなたに似合いそうじゃない?」
「わあ……たしかに素敵な髪飾りですね。ではセシリアにはこれを」
「ブレスレット? 普段はそういうのしないから、私に似合うかな?」
「とてもよく似合ってますよ。ね、マリウス様」
「う、うん。そうだね。二人ともすごい可愛いからなんでも似合うよ」
こんな感じで、セシリアが加わってからデートの密度がものすごく濃くなった。具体的には、二人の買い物に無理やりつき合わされ、挙句、感想を求められる。リリアひとりの時はそんなこと聞かれなかったのに、たったひとり増えるだけでこれだ。残りのフローラやアナスタシアまで加わったら、俺の精神は秒で死ぬんじゃないだろうか?
なんてくだらない思考を巡らせている間にも、二人の買い物は続く。あれがいい、これがいいと次々に商品を手に取っては、俺に感想を聞きに戻ってくる。「わざわざそんなことせずに買えば?」とは言えなかった。心底楽しそうに笑う彼女たちの笑顔を見ては。
なので俺はもう腹を括り、ひたすら二人のオシャレを見守り、褒め称えるだけの存在と化す。なに、ものの一時間もすれば二人も満足するだろう。
その時の俺は知らなかった。女性の買い物がいかに長いか。買い物に興味がない奴からしたら、一時間がどれだけ長いかを……。
———————————————————————
あとがき。
うわぁああ!本編100話いったぁあああ‼︎
ここまで応援、読んでくれた方々、ありがとうございます!
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