第99話 思い出探し
グレイロード公爵家の家紋が入った馬車に、リリアと共に乗り込む。お互いが対面に腰を下ろすと、俺は御者の男性に「出発してくれ」と言う。直後、鞭がしなり馬がゆっくりと歩き出した。
「ちなみに、デートってどこに行くのか決めてあるのか?」
そう言えば、と思い出す。リリアが王宮に帰ってから戻ってくるまで、その手の話題は一切出なかった。ノープランだったらどうしよう。
けれど俺の不安は、朗らかな笑みを浮かべるリリアが消し去ってくれた。
「はい。最初から……このお話をマリウス様に持ってきた時から、どこへ行くべきかは考えていました。私にとっては人生を変えた場所……。今のマリウス様にとっては、初めての場所ですが」
リリアにとって人生を変えた場所、か。
ずいぶんと彼女にとって思い入れのある場所へ案内してくれるらしい。
すでに行き先を御者の男性に伝えてあるのか、俺やリリアがなにを言うでもなく馬車は前へ進む。しばらくリリアと雑談を交えながら揺られていると、次第になんとなく見覚えのある通りへ出た。
俺の視線が外へ向く。
「ここは……」
「ふふ。その様子、少しは覚えがあるようですね。ここは、五年前に私とマリウス様が初めて出会った場所です。たまたまぶつかって、このペンダントを探すためにあなたは行動してくれたんですよ?」
どこか楽しそうに笑って、リリアは懐から綺麗なペンダントを取り出す。ぱかっと開いたペンダントの中には、彼女によく似た女性の絵が入っている。
「これは私の母。もうこの世にはいません。子供の頃は、毎日のようにペンダントの写真を見て過ごしました。そのペンダントが無くなり、私は必死に探し、そしてあなたに出会ったのです。どうですか? 運命を感じませんか?」
「あ、ああ……そうだな。話を聞くかぎり、無くしたそのペンダントを見つけたのが……俺なのか」
「ええ。歩いてる最中に見つけたのでしょうね。ペンダントを探してると言ったら、マリウス様は見覚えがあると言って一発で見つけてくれました。その時、私がどれだけ嬉しかったか……」
リリアはペンダントを大切に大切に懐にしまう。
「あまりにも嬉しくて、思わずお父様にお願いして婚約を取り付けてしまうほど、私は喜んでしまいました」
「その時の話が理由で俺たちは婚約してるのか!?」
前のマリウスはともかく、今の俺には衝撃的な事実だった。しかしなるほど。いくら公爵家の人間であっても王族と婚約できた理由はそれか。
一体どんな経由でそうなったのか。政略結婚が絡んでいるのか。昨日のうちに考えてみたが、まさかまさかの恋愛結婚推奨だった。これは喜ぶべきなのか? それとも一時の迷いだと彼女を諭すべきなのか? いや……俺の一言で考えを改めるようなら、そもそも婚約はすでに破棄されているだろう。そうなっていないということは、もう察した。
「そんなに驚くことでもありませんよ。あの時のマリウス様はそれはもう頼りになってカッコよかったです! もちろん今のマリウス様も素敵ですが、思い出補正というのはなかなかどうして記憶に残りますね。だから、本日はマリウス様をこちらへ招いたのです。ここに来ればなにか思い出すかもしれないと」
「なるほど。ただ単純にデートを楽しむだけではないと」
「当然です。無理をするなとは言いましたが、記憶を失ったままでいいとは言ってません。これまでの思い出を思い出していただければ幸いです」
「リリアの考えはしっかり理解できた。でも悪いな。まだ何も思い出せない。妙な懐かしさは感じるから、悪い考えじゃないと思うけど」
「本当ですか? よかった。では計画通りにデートを進めましょう。今日は、あの日の再現をします」
やる気まんまんのリリアと共に、停車した馬車から降りる。腕を組み、彼女に引っ張られる形で歩き出した。
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「まず始めに、宝探しならぬ散歩をしましょう」
「散歩?」
「ペンダントを探した時の再現です。実際に通った道をまた通れば、その頃の記憶が一瞬でも頭に浮かぶかもしれません」
「ふうん。まあそこら辺はリリアに任せるよ。なんせ俺は記憶がないからな。なにをすればいいのかもわからない」
「お任せください。散歩のあとは買い物を。かつてマリウス様に買ってもらったイヤリングも持参してますので!」
「お、おおう。やる気は伝わった、よ?」
俺とリリアの間でテンションに差がある。それだけ想ってもらえている証拠なのだろうが……ちょっとだけ怖い。
ぐいぐい腕を引かれ、周りの景色を楽しみながら散歩が始まる。
とはいえ、彼女と出会いペンダントを探すまでの道のりだ。距離にするとほとんど歩く必要はない。ものの三十分ほどで最後の目的地に到着する。何の変哲もない穀物を取り扱ってる露店だ。露店の前で、リリアが遠い目をする。
「私自身もここへ来るのは久しぶりです。ああ……今でも昨日のことのように思い出せる」
「ペンダントの探し物、か」
リリアに倣って俺も必死に頭の中を探る。記憶を捻り出すように強引に連想させてみた。しかし、予想通り答えは出ない。過去の記憶はもちろん、懐かしさも嬉しさもそこにはなかった。
「ダメだ。ぜんぜん思い出せない……」
「残念です。思い入れのあるここへ来れば、少しは記憶を取り戻すヒントになるかもしれないと想ったのに……」
思い入れ、か。
その言葉を聞くと、彼女にそんな意図はないだろうが、まるで「マリウス様には、そこまでの思い出でもなかったのですね」と言われてるような気分になる。
人によって感じ方は異なる。助けられた側の彼女と、助けた側の俺とでは視点が違うのだから、喜びの大きさも当然違う。
だが、この時の俺はなぜかそれが酷く哀しく思えてしょうがなかった。
もしかすると、マリウスにとっては思い入れのある記憶だったのかもしれない。心のどこかに残る過去のマリウスが、泣いてる証拠だったかもしれない。
「では、次に行きましょう。お手伝いを頼んでいるので、そろそろ来るはずです」
「……ん? お手伝い?」
気になる単語があったので聞き返すが、にこりと笑ったリリアは「会ってみてのお楽しみということで」と言って、それ以上はなにも教えてくれなかった。
一体誰のことだ?
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