第101話 そうだ旅に出よう
「マリウス様にはやっぱり暗い色がよく合いますね」
買い物を始めて約一時間。
痩せこけた老人のような心境な俺とは違い、目の前の女子二人はきゃっきゃっうふふと楽しそうだった。
およそ三十分ほど前くらいには「もう私たちの買い物はこれくらいでいいかな」とセシリアが言い出したくせに、いざ終わると今度は「じゃあ次はマリウス様の洋服を選びましょうか!」とか言い出した。
俺はたくさん洋服持ってるし別にいらないよ、と言ったのに、彼女たちは口を揃えて言った。
「私たちが買いたいの!」
と。
そして今に至る。
俺なんかに服を贈るのがそんなに楽しいのか、リリアもセシリアも真剣な眼差しでさっきから高級品と睨めっこ。かと思えば一着だけではなく、すでに五着目の服が背後に控えるメイドへ手渡された。一体何着の服を買うつもりだろう。
ホストに貢ぐ女性を見てるような気分だった。
「ああでも、灰色のマリウスには真っ白な服も似合う……赤とか青とかは論外だとして、シンプルなものが最適ね。これもお願い」
「あのー……そろそろ買い物を終わらせませんか? このままだと陽が暮れそうなんだが……」
「むっ。言われてみればもう二時間近く経ちそうになってるわね。どうするリリア? 私としてはまだまだ買い足りないのだけど、あまり遅くなるのもどうかと思うの。こんな状況だし、グレイロード公爵たちが心配するわ」
「そうですね。後ろ髪を引かれる思いですが、今日のところはこれで終わりましょう。請求書は王宮のほうへ送ってください。全額、私が払います」
今日のところは?
もしかしなくてもまた買い物に連れ出されるのか?
すでに、前世の価値観だと目玉が飛び出すくらいの高級品を積み重ねておいて、彼女たちはまだまだ物足りないらしい。王族って怖い。貴族って怖い。
彼女たちの暴力的なまでの金遣いに戦慄していると、買い物を終えた二人に腕を引かれる。今度はどこだと言いたげな視線を向けると、目があったセシリアが笑みを浮かべて答えてくれる。
「ふふ。買い物の次は食事よ。と言っても、夕食はちゃんとあるから軽くね」
「軽く? なにを食べるつもりなんだ?」
「露店で肉串を買うの」
「なぜ肉串……」
「あなたは覚えていないでしょうけど、前のデートでは買ってくれたのよ。私は見てるだけだったのに、わざわざ私の分もね」
「へぇ……」
女性に肉を買ってプレゼントするとは。前の俺はあまりそういった経験がなかったのだろう。前世の灰葉瞬の記憶を振り返っても、交際経験なんてゼロだったしな。会話くらいならしたことはあるが。
「だから今度は私が奢ってあげる。一緒に三人で食べましょう。平民が口にする物なんて、私たちはめったに食べられないし」
「そうだな。ちょっとだけ楽しみだ」
前世を持つ俺からすれば、肉串なんて普通に食べたことがある。あれだろ? 焼き鳥みたいなもんだろ? なら問題ない。
そのまま二人に腕を引かれて目当ての露天の場所まで向かった。
未だ、それらしい記憶は蘇っていない。
▼
最終的にデートはつつがなく終わった。
マリウスの記憶が戻らないというマイナスポイントこそあったが、大きな問題もなく自宅へ戻る。
未だ心配そうな目も向けてくるメイドのティルを廊下に押し出して、自室のベッドに転がると、俺は大きなため息を吐き捨てた。
「あ~~……疲れた。記憶は戻らないし、周りの目は温かくて鬱陶しいし、みんなが哀しそうだし……俺はどうすりゃいいんだ」
それは自分に向けた独り言。答えを求めた問いかけじゃない。
リリアもセシリアも、デート中は楽しそうに何度も笑うが、要所要所で俺が記憶を取り戻さないとわかると、その笑みの中にわずかな悲愴を滲ませる。それを見た俺が申し訳なくなるものだから、こうしてデートが終わると肩の荷が下りる。彼女たちには悪いが、気を張って楽しむどころじゃなかった。
「しかも、明日はフローラ。明後日はアナスタシアとデート? ハードスケジュールすぎんだろ!」
廊下にいるティルに聞こえない程度の声量で叫ぶ。
呪いの影響だかなんだか知らないが、いつか戻るのならさっさと記憶を戻してほしい。今の俺には今の環境は苦しかった。抜け出すためなら多少の苦労は厭わないほどに。
「いっそ……一人で記憶が戻るまで旅でもするか? そろそろ通ってる学校が夏休みに入るとかなんとか言ってたしな」
恐らく一ヶ月は登校しなくても済むはずだ。それなら少しばかり家を空けても誰も文句は言うまい。まあ、この状況で家を出ると言ったら、絶対にみんなに止められるだろうから、やるとしても秘密裏にこっそりと、だ。
ふつふつと顔を出す睡魔に抵抗しながら、俺は明日のデートのことと、夏休みの過ごし方を考える。
我ながら、旅は悪くないと思った。瞼が閉じる。
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