第95話 記憶喪失

「……………………誰だ、お前ら?」


 マリウスの疑問に、その場の全員が動きを止める。誰も彼もが衝撃を浮かべた。


 脳裏に「まさか」という最悪の展開を浮かべてしまう。どうにか驚愕から脱し、最初に口を開いたのは、この状況を誰よりもよく知るフォルネイヤだった。




「記憶……喪失」




 文字にするとたった七文字。漢字にするとほんの四文字のそれが、すんなりその場の全員の頭に刻まれる。


「そ、そんな……マリウス様の記憶が、消えたというのですか?」


 ようやく恐慌状態から脱したリリアが、震える声で尋ねた。すでに答えはわかっているというのに、問いかけずにはいられない。当然、返ってくる答えもまた変わらない。


「ええ。この様子だと、少なくとも私たちに関する記憶は飛んでるわね。問題は、記憶喪失の度合いがどれほどのものか……日常生活に支障をきたすほどならまずいわ」


「何がまずいんですか! 私たちのことを忘れているんですよ!? もう最悪な状況じゃ——」


「リリア! 落ち着いて……今、あなたが怒ったところで、事態はなにも変わらないの……だから、落ち着いて」


 我を忘れて怒鳴るリリアの声を、横からセシリアが切り裂く。見ると、その顔には悲痛の色が浮かんでいた。無理もない。リリアでなくても困惑する。怒りの感情を抱きたくもなる。セシリアとて、唇を噛み締めながら必死に耐えていた。


「せ、セシリア……ごめんなさい。あなたに怒ったところで何も解決しないというのに……」


 自分と同じくらいの激情をその身に内包するであろう幼馴染の冷静な姿に、リリアはなんとか落ち着きを取り戻す。フォルネイヤのほうへ向き直ると、素直に彼女は頭を下げた。


 だが、その気持ちをもらうには、フォルネイヤは事件の当事者すぎた。


「謝らないでください王女殿下。あなたの怒りはもっともだし、私は責められるべき人間です。どういった呪いなのか、せめて事前に説明できていれば……」


「呪いの内容、ですか?」


「フォル……説明するの? 私が代わろうか?」


 不安げな眼差しで友を見るティアラに、フォルネイヤは一言「ありがとう」とだけ伝えて首を横に振った。せめて自分の口から真実を語りたいのだろう。決意の込められた表情に、ティアラはそれ以上なにも言わない。


「私が受けた呪いの効果です。幸いにもマリウス様は軽度の症状しか出ていませんが、さらに詳しく話をします。私を許せないとは思いますが、どうか最後まで聞いてください」


 そう言ってフォルネイヤは、自身の体を蝕んだ呪いがどんな影響を及ぼすのか、なるべく覚えてるかぎりの情報をヒロイン達に開示する。


 目覚めたマリウスもまた、自分に関係する話だと本能的に理解したのだろう。困惑しながらもフォルネイヤの話に耳を傾けた。


 そして、長いようで短い話が終わる。


「……以上が、今回の呪いに関する話です。なにか質問はございますか?」


 罪悪感を胸に、フォルネイヤが一息つく。


 罵詈雑言を浴びせられる覚悟をしていたが、話の最中、誰も彼女の邪魔をしなかった。冷静な顔で耐えるように清聴していた。


「では私から一つ」


 リリアが質問する。


「その呪いの影響を受けたマリウス様の記憶は、もう二度と戻らないのですか?」


「わかりません。まだ私の記憶が戻らないあたり、可能性がゼロとはいいません。ですが、私もマリウス公子も最後まで呪いの影響を受けていない。恐らく、何らかのきっかけで記憶が戻る可能性はあるでしょう」


「そうですか……ありがとうございます」


「他にはなにか質問は?」


「はい」


 礼儀正しく僅かに手を上げて、今度はセシリアが質問を投げた。


「記憶の喪失以外になにか、マリウスに呪いの影響はないのかしら。その……外傷とか」


「呪いで外傷を負うという話は聞いたことがありませんが……念のため、医師に見せたほうがいいとは思います。ただ、軽く見た感じ、マリウス公子にそれらしい怪我の痕はありませんでしたよ」


「……よかった」


 ホッとセシリアが胸を撫でおろす。リリアやフローラ達も同様に安堵の息を漏らした。


「他に質問はありませんね? では……私とティアラは先に部屋を出ます。皆さんはどうぞ、マリウス公子へ話しかけてあげてください。なにかしら記憶が戻るかもしれませんので」


「わかりました。ご説明、ありがとうございます」


「いえ……こんなことになったのは、全て私の責任ですから。家に帰って何かしらの手がないか調べてみます。望みは薄いですが、諦めません」


 それだけ言って、頭を下げたフォルネイヤとティアラはその場を離れる。呪いが浄化されたとはいえ、まだまだフォルネイヤも体の状況は芳しくない。無理をせず休む必要があった。


 本人としては、心苦しい気持ちでいっぱいだったが、マリウスを助けるためにも休息は必要。それを察したからこそ、リリア達もフォルネイヤを恨んだりはしない。そもそも彼女が悪いとすら思ってはいなかった。


「それで……どうしましょう。フォルネイヤさんには、マリウス様と話すように言われましたが、マリウス様はなにも覚えていないですし……」


 フォルネイヤ達が部屋から消えたあと、マリウスを囲むようにヒロイン達が彼のそばに集まった。自分のせいで彼女たちに辛い思いをさせていると理解したマリウスの表情は暗い。焦るように言う。


「すまない。俺が君たちのことを忘れてしまったばかりに……。君たちは、俺と浅からぬ関係だったんだろう? なにか思い出せるかもしれない。辛いとは思うが、色々と教えてくれないか?」


「マリウス様……あなただってお辛いでしょうに。その心は、記憶を失っても変わりませんね」


 クスリとリリアが笑った。釣られて他のヒロイン達も笑う。落ち込んでいた空気が、僅かに弛緩する。


「そうよ。私たちも前を向きましょ。被害者であるマリウスが頑張ろうとしてるのだから、落ち込むのはなしよ!」


 あらゆる負の感情を体から押し出し、セシリアが大きな声で言った。全員の顔つきが変わる。それぞれ前向きに笑顔を浮かべた。


「うんうん。お姉ちゃんも、こういう時こそ元気を出したほうがいいと思うの。それに……今ならマリウスくんをお姉ちゃんの婚約者に仕立て上げることも——!!」


 ガシッ。


 フローラは鼻息を荒くしたところでリリアに肩を掴まれた。


「フローラさんは、マリウス様の記憶にいりませんね。害です。縛りあげて外にでも吊るしておきましょう」


 懐からフローラ専用の小さな鎖を取り出し、慣れた手つきで体を縛っていく。そして、彼女の動きを封じると、専属の侍女に外へ連れていってもらう。


「あぁああああ!! ごめんなさい王女殿下ぁああああ!! 嘘だから! 冗談だから許してくださぁあああい!!」


 喉を鳴らして叫びながら引きずられていくフローラ。情けないその姿に、ため息をついてリリアが手をぱっぱっと横に振る。それは「解放しろ」という命令だったのか、あっけなく侍女の手が鎖から離れる。ガタン、と床に体を打ちつけフローラの強制イベントが終了した。


「次はありませんよフローラさん。大人しくしていてくださいね」


「…………」


「返事」


「はい……」


 まったく、と愚痴を吐き捨てて、改めてマリウスのほうへ向き直る。


———————————————————————

あとがき。


新作が順調で作者は毎日吐いてます!こちらの作品も皆様に見てもらって......吐いてます!(嬉しくて)


なので要望いただいたバレンタインデー短編、続!ティルノア・クラベリー編?を近日中に投稿します!もう書けてます!寝かせてます!(はよ投稿しろ)。



あ、新作も見てね〜。本作と同じゲーム転生ものなので!

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