第96話 改めて
たった今行われた異常事態にマリウスの目が丸くなるも、誰も説明しない。さも当然のようにスルーしてリリアは微笑んだ。
「改めてマリウス様。あなたの疑問を解くお手伝いをさせていただきます。まず、マリウス様と私たちの関係をご説明しましょう。名前も名乗ったほうがいいですよね。僭越ながら私から……。私はリリア・トワイライト。このトワイライト王国の第三王女にして、あなた様の婚約者です」
「婚約者? 王女? ……王女!?」
「あら。婚約者や王女という単語は知ってるんですね。先ほどから口調もしっかりしてますし、日常生活を過ごすのに問題はなさそうで安心しました」
「次は私ね」
セシリアが一歩前に出る。
「私はセシリア・アクアマリン。リリアの幼馴染で、あなたと同じ公爵家の一員よ。マリウスとは……相思相愛の仲、かしら……えへへ」
「ちゃっかり妄想を吹き込んでる」
グサリとアナスタシアの言葉がセシリアの胸を抉った。ふらりと僅かに後ろへ下がる。
「も、妄想ってほど酷くは……。将来、結婚する予定だし……」
「え~? お姉ちゃんその話知ってるよ? リリア殿下が許可しただけでしょ? マリウスくんは承諾してないじゃん」
「承諾すらされてない人は黙っててください」
「ひどっ!?」
珍しく目の据わった顔で、セシリアがフローラの心を傷つけた。ぐすん、とわざとらしくフローラは涙を流す。嘘泣きなので誰も相手にしない。
「どうでもいいけど次はボクの番」
「アナスタシアちゃんまで!?」
「ボクはアナスタシア・オニキス。忘れられたのは残念だけど、構わない。マリウス様が無事だったから、ボクはそれだけで満足。記憶は、また埋めていけばいい。新しい体験をしようね」
「この顔……今ならボクにもチャンスがありそう、とか思ってません?」
「気のせい」
「本当に?」
「気のせい」
「…………」
リリアに見つめられ、アナスタシアが目を逸らす。
「ふふ。アナスタシアさんもマリウス様から離れてくださいね~? あなたは違う意味で、フローラさんと同じくらい危険なので」
「横暴。王女なのに心が狭い」
「私の心はマリウス様専用なので」
「それにしては厳しい気がする」
「気のせいです」
ピシャリと否定。鬼のような覇気に、アナスタシアはそれ以上はなにも言えなくなった。口を閉じた彼女を見て、リリアは満足げに笑う。
「それより、どうでしょう。なにか記憶に変化はございますか、マリウス様」
「残念ながら、何度反芻しても思い出せない。引っかかる気はするんだが……そこから先には進めない」
「そうですか……まあ、引っかかるだけでよしとしましょう。無理に記憶を戻そうとしてもマリウス様に負担をかけるだけ。ひとまず今日はゆっくり寝て、また明日考えましょう」
「ありがとうリリア王女殿下。苦労をかけます」
「ガハッ!?」
リリアが唐突に吐血した。
「王女殿下!? だ、大丈夫ですか?」
慌ててマリウスがベッドから飛び起きる。膝を折った彼女に寄り添い、顔色を確認するが……真っ青だった。
セシリアもびっくりした顔で近くに寄ると、リリアは震えながら呟く。
「ま、マリウス様が……私に、敬語……」
「…………え?」
聞こえた言葉に、その場の全員が思考を停止させる。
しばらくして、セシリアが答えに行き着いた。
「ま、まさか……まさか、そんなことないわよね? マリウスに敬語を使われたから倒れたなんて……」
「正解です」
リリアが哀しげに答えた。
「あなたって人は……心配して損した」
「重要なことですよ!? マリウス様に敬語を使われるなんて……王女殿下なんて言われるのは子供の頃以来です! ショックで血も吐きますよ!」
「普通は吐かないわよ。マリウスも私もびっくりするから今後はやめてね」
「——ということなので、私には敬称も敬語もいりません。リリア、と呼んでくださいね?」
「で、でも……王女殿下相手に……」
「わかりましたか?」
「えぇ……」
「わ か り ま し た か ?」
有無を言わさぬ圧。
血を吐いた人間とは思えず、ぶんぶんとマリウスは首を縦に振った。
すぐにリリアが立ち上がる。
「ありがとうございます。では私たちも別の部屋に行きましょう。今夜は公爵様の好意で泊まって構わないそうなので」
まるで何事もなかったかのようにリリアは手を振ってその場を立ち去る。
マリウスはしゃがんだままの体勢で、呆然と彼女たちを見送った。気分はさながら夢の中。その後も五分ほどはリリアのことを考え、最後には大人しくベッドへ戻るのだった。
「以前の俺は……どんな人間だったんだ……?」
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