第94話 消えたもの

 マリウスが呪いを受けて倒れた。


 すぐさまティアラは彼のそばに寄り、残った魔力で浄化を行う。


「お願い……! どうか、マリウス様を……!!」


 黄金色の光がマリウスの体を包み、内包する悪しき呪いを綺麗さっぱり消し去った。


 半分の半分になった呪いならば、魔力供給を受けて魔力に余裕があるティアラでも消し去ることができた。


 なんとか一安心。ホッと肩を撫で下ろす。


 だが問題はまだ全て片付いていない。今度は倒れたままのフォルネイヤに治癒の魔法を使う。


 しばらく魔法を使用し続けていると、眠っていたはずのフォルネイヤが目を覚ました。


「ん……ん? ここは……ティアラ? どうして、ティアラが……」


「フォルを探しに来たからにきまってるでしょ!? 一人で勝手に死のうとするなんて……!」


「ああ……そっか。逃げた私を見つけてくれたのね。まだ意識があって体の倦怠感が抜けているのは……ティアラが、呪いを消し去ってくれたのかしら」


「私だけじゃないよ。マリウス様も手伝ってくれたの」


「マリウス公子が? まさか……!?」


「うん。マリウス様が魔力を分けてくれた。それに、アナスタシアさんから貰ったあの水晶を使って、最後は自分の体を犠牲にしてまで……フォルを助けてくれたんだよ」


 そう言うとティアラはちらりと横へ視線を送る。


 釣られてフォルネイヤもそちらへ視線を向けると、その先に倒れたマリウスの姿があった。


「ッ!? か、彼は……無事、なの?」


 フォルネイヤの顔が真っ青になるが、ぶんぶんとティアラが顔を横に振る。


「うん。無事だよ。私の浄化と水晶でかなり呪いが弱まったから、マリウス様の体に入った瞬間に浄化した。今は呪いの影響で気絶してるだけだと思う」


「そう。よかったわ。呪いの影響で…………はっ!?」


 そこまで言ってフォルネイヤはあることに気付く。


 慌てて彼女は叫んだ。


「まずい……まずいかもしれない! 早くマリウス公子を自宅へ送って! そして、リリア王女殿下たちを呼ぶのよ!」


「え? ど、どうしたのフォル? 急に動いたら危険だよ」


「いいから早く! できるだけ早く……リリア王女たちに伝えないと……。あの呪いは……」


 廃教会の中に、フォルネイヤの叫びが響く。


 それを聞いたティアラの目が……大きく見開かれた。











「なるほど。だいたい状況は理解しました。フォルネイヤさんのために、ティアラさんのためにマリウス様が奔走し倒れた……と。実にマリウス様らしいですね」


 あのあと、急いでスノー侯爵邸から人を呼んだフォルネイヤ。気絶したままのマリウスをグレイロード公爵邸へ送り、急いでリリア達ヒロインを呼んだ。


 そして、じっくり細かく彼女たちへことの経由を説明すると、代表としてリリアが頷いた。


「マリウスくん……どうして、こんな無茶を……」


「愚問。マリウス様はいつだって、どんな時だって、困ってる人を見たら助けずにはいられない。そういう人」


 唯一事情を知るアナスタシアが、フローラへ淡々と言葉を返す。


「アナスタシアさんの言う通りですね。それも、いつも女性を助けては惚れられ……まあ、今回は割と大変だったようなので大目に見ますが、目が覚めたらじっくりお説教しないと! 無理するならせめて声をかけろと!」


「そうね。今回は私もリリアに付き合うわ。マリウスが傷付くなんて……私は耐えられない」


 ぎゅっと胸元を握り締めてセシリアが涙を浮かべる。今もベッドで眠るマリウスを見るだけで、彼女の胸は裂かれたように痛んだ。


「実は……それに関してあなた達に伝えないといけないことがあるわ。重大なことよ。杞憂に終わればいいんだけど……」


「まだなにか? そう言えば……肝心の呪いの内容を聞いてませんでしたね」


「ええ。私も呪いの影響を受けたとはいえ全てを把握してるわけじゃないわ。少なくともティアラが浄化したから苦しむことはないでしょう。けど、呪いを一度でも受けたなら影響は出てるはずよ。私と同じ……」


 言いかけて、はたりとフォルネイヤは言葉を止めた。


 全員の視線が、ほぼ同時に同じ方向を向く。


 窓際で眠っていたマリウスの方へ。


 マリウスが、目覚めたのだ。


「マリウス様!」


「マリウス!」


「マリウスくん!」


「おはよう」


 リリア、セシリア、フローラ、アナスタシアがそれぞれ言葉を発して彼のそばに寄る。


 マリウスは頭を押さえながら彼女たちを見た。


「も、もう! 心配したんですよ? まさか私たちに秘密で呪いを浄化しようとするなんて……しかもその影響で呪われる? 少しは私たちのことも考えてください! もうもう!」


「そ、そうよ。話を聞いて、どれだけ私たちが……私が……心配、したと……おもってぇ……!!」


「ああ……平気? セシリア様。ハンカチで涙を拭いてください」


「みんな大袈裟。僕はマリウス様なら平気だって信じてた。水晶、役に立ってよかった」


 それぞれが感情のままに話す。アナスタシアは状況を唯一知っていたのでそこまで動揺はしない。だが、話を聞いたとき、止められなかった自分を恨んだりもした。心底、泣きそうになって心配した。


 それでも全員が、マリウスが目を覚ましたことでホッとした。


 しかし。






「……………………誰だ、お前ら?」






 続いたマリウスの言葉で、その場の全員が動きを止める。

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