第90話 奇跡は起こらない

 保健室にアナスタシアが入ってきた。彼女は手にした水晶を俺に手渡す。


「それはボクが知る中でも最高の道具。呪いを吸収し封印する効果を持ってるらしい。もしかしたら、マリウス様の役に立つかも知れないと思って持ってきた」


「呪いを吸収し、封印する道具……アナスタシア!」


 これだ。これこそ俺が求めてた道具だ。感動して思わず彼女を抱きしめる。


「むぐっ……苦しいよ、マリウス様……」


「あ、悪い。離れる」


 感極まって少しだけ強く彼女を抱きしめてしまった。慌てて離れる。だが、なぜか当の本人に抱きしめられて離れられない。


「……アナスタシア? なんでお前まで抱きしめるんだ?」


「苦しいとは言ったけど、離れていいとは言ってない。これは正当な報酬。マリウス様には拒否する権利はない」


「え、えぇ……?」


 ちょっと待ってほしい。最初に抱きしめたのは俺だが、時間が長すぎる。後ろからティアラとフォルネイヤの視線が突き刺さる。


「流石はたらしのマリウス公子。人気者ね」


「むぐぐ……うらやま……ごほん」


「誤魔化せてないわよティアラ? 羨ましいなら、あなたも背中から抱きしめに行けばいいじゃない。私が見守ってあげるわ」


「そんなことしなくていいの! いいから黙って横になってなさい!!」


「やれやれ……口うるさい友人を持ったものね」


 いや、お前らの会話めちゃくちゃ聞こえてるから。本人の意思を無視して変なことしようとすんな!


「アナスタシア……いい加減、離してくれ。この水晶が役に立つかどうか早く試したい」


「……しょうがない。また後で」


「また抱きしめられないといけないのか……」


 だがまあ、彼女のおかげで何かしらの成果が期待できるかもしれない。それくらいは許してやるか。


 渋々といった様子で背中から手を離したアナスタシアは、数歩下がって俺たちの様子を見守る。


 水晶を手に俺はフォルネイヤのそばに寄った。


「話は聞いたとおりです。この水晶は、あなたの体を蝕む呪いを吸収し、封印することができるかもしれない。早速試しますが構いませんね?」


「ええ。あなた達に無理をされるよりはるかにいいわ。好きにして」


「では」


 水晶を彼女の体に近づける。ちゃんとした使い方はわからないが、恐らく呪いに近付けば勝手に水晶に秘められた効果が発動するだろう。


 そして、俺の予想は正しかった。


「ッ……この、感覚は……!」


 水晶がフォルネイヤの体を覆う呪いに反応を示す。黄金色の光を淡く放ち、それとは逆に、フォルネイヤの体から黒いモヤのようなものが出てくる。これが呪いなのだと誰の目から見てもハッキリわかった。


「平気ですか、フォルネイヤ生徒会長」


 よく見ると、モヤをまとう彼女の顔色が悪い。


「平気、ではない、わね。けど、構わないで。このくらい、耐えられるわ……」


「フォル……」


 呻くように言った彼女の言葉に、ティアラが心配そうな視線を向ける。


 俺は無言で水晶をかざし続けた。


 しかし。


 徐々に水晶へと吸い込まれはじめた黒いモヤは、抵抗するように大きく影を揺らすと、あっさりとフォルネイヤの体内へ戻っていった。


 これは……。


「失敗、か」


 誰の目から見ても明らかだった。


「そんなっ……もう一度! 今度は私も魔法を使います!」


「……そうだな。チャンスはあるかもしれない。やってみよう。もう少しだけ我慢してくださいね、会長」


「意外と鬼畜なのね……嫌いじゃないわ」


 冗談が言えるくらいには余裕があるらしい。


 ティアラに目配せをして、再び水晶による呪いの浄化が行われる。今度はティアラの聖属性魔法まで加わるが……結果は同じだった。











「どうして……これでもダメだなんて……」


 浄化が失敗に終わり、ティアラが失意にくれた。


 すでに疲弊したフォルネイヤはベッドに寝かせてある。俺もティアラもアナスタシアも、保健室の外で会話をする。


「やっぱり残された手段は一つだけだな。ティアラ。どうやら俺たちもそろそろ覚悟を決める時がきたらしい」


「平気です! 覚悟なら最初からできてます! フォルを救うためならどんな危険だって冒してみせます!」


「やる気まんまんだな」


「危険なこと、するの?」


 俺とティアラの会話にアナスタシアが割って入る。


 彼女の瞳には「やめてほしい」という想いがこめられているが、俺はそれを見なかったことにする。


「危険じゃないさ。問題なく終わる。その確信がある。アナスタシアがくれたこの水晶のおかげでな」


 俺は水晶を手にニヤリと笑う。


 アナスタシアとティアラは首をかしげたが、その答えを彼女たちに教えるわけにはいかない。教えたら間違いなく止められるからだ。


 とにかく俺は隠す意味もこめて言った。


「決行は明日。授業は休んで早朝から行おう。ティアラは問題ないか?」


「問題ありません。必ず成功させましょう!」


「ああ。頼りにしてるよ」


 俺とティアラは強い意志を見せて別れた。


 アナスタシアも見学すると言い出したが、それは拒否。万が一にも彼女を危険には晒せない。


 ほぼ間違いなく、完璧な浄化はできないからな……。




 ▼




 覚悟を決めて翌日。


 やる気に満ちていたティアラと共に保健室へ向かう。最近はすっかり体力が落ちて病弱になったフォルネイヤ。今ではほとんどの時間を保健室で過ごすようになっていた。


 だから登校はしない。彼女は動けるとき以外は保健室にいる。


 ——はずだった。






 その日、フォルネイヤは保健室から忽然と姿を消した。

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